東京おのぼりさん

先週、ひと月半ぶりに川崎の実家に帰った。大人の休日倶楽部パスというJR東日本4日間乗り放題のお得なきっぷ発売期間にあわせて月イチの帰省タイミングを半月ずらしたのだが、案の定、東北新幹線は行きも帰りも久々のほぼ満席だった。

で、乗ってみて驚いた。ずいぶん前に廃止されたはずの車内販売が復活してる。よっぽど希望が多かったんだろう。ちょっとネットを調べたらホットコーヒーの需要が多くて再開を決定、みたいなことを書いてあった。少なくとも今回私の車両で何か購入してる人は見かけなかったけど、知っていれば私もコーヒーくらい車内で買ったかもしれない。

東京駅で降りて、いつもは京浜東北線でちんたら川崎まで行くのだが、今回は久しぶりに東海道線をチョイス。乗ってみてまたまた驚いた。目の前の窓上広告枠4つとも空だったのだ。見渡すと他の窓上も似たようなものだった。中吊りも両面2枚ずつで4枚の枠のところ片側2枚とか1枚とかが点在している。この風景、既視感あるなーと思ったら福島県内のローカル東北線とか、たまに乗る仙台からの仙石線の車内と似てた。

そういえば、山手線も京浜東北線も窓上ドア上はほとんど動画広告になってるもんね。もう動かないコンテンツって全般的にウケないということか。首都圏の車内はそろそろ紙の広告と全面的におさらばするのかしら?

今回の帰省では、お得なきっぷで都内JR乗り放題をいいことに普段は行かない原宿方面にも出かけたのだが、あの辺りでは私はもう完全にオノボリさん状態であった。昔の可愛らしい原宿駅舎は姿を消し、モダンな大規模駅に様変わり。外国人旅行客も明らかに戻っていて、表参道沿いの店はどこも景気がよさそうだった。現地在住の友人Hさんとの待ち合わせ前に覗いてみた新しい商業ビルでは奥に行列ができていたので、どこか海外の人気アイスクリーム屋さんの日本第1号店かと思ったら香水屋さんらしかった。そういえば、数か月前の帰省中に久しぶりに出かけた横浜の新施設にも、やたら「香り」系の店がたくさん入っていた気がする。日本も変わったものだ。

ふたたび外に出ると表参道は車でいっぱい。タクシーもたくさん混じっているが、あれ?タクシーってこんな小さかったっけ?見慣れた四角いセダンじゃない、コロッとした黒いミニバン型のが後から後から。友人Hさんいわく東京五輪の頃からこのタイプが増えたという。

東京はどんどん変わっていくなあ。そのぶん東京はインフレ率に関しても全国の先行指標だそうで、実際、Hさんはモノの値上がり具合を日々肌で感じていると言っていた。なんでも、お気に入りの店の糠漬けキュウリが1本260円から380円になったとか。それでも東京の場合はそこに暮らす人々の収入も同様に上昇する確率が相対的に高いような気がするので、辛抱の期間も短くて済むのかもしれない。地方は物価上昇も東京より遅いが、そもそも賃金が低くこれからも上がりにくい。インフレ下では東京の魅力は却って増すのかもしれないな、などと思った夜であった。

格差を考える

テレビで大相撲を見ている。べつにファンではないが、サラリーマンを辞めてからというもの夕方は5時を過ぎるとテレビをつけることが多く、NHKしか見ない私は相撲の時期には必然的に相撲を見ることになるのだ。見始めると結構おもしろいので、決まり手だのなんだのわからないなりに楽しんでいる。

楽しめている理由の一部は、若隆景の存在だろう。福島市出身。今年の春場所で優勝したとき市内は大盛り上がりで、地方の人にとって「わがまち出身」のスポーツ選手や芸能人の全国的な活躍がいかに特大ニュースであるか実感できた。かくいう私も今ではすっかり「地方の人」として、気づけば若隆景・若元春・若隆元の大波三兄弟をゆるく応援している。

8年前にこちらに越してきた当初、福島ローカルニュースで福島出身力士の勝敗が場所中毎日紹介されるのを知ってカルチャーショックを受けた。東京でも首都圏のローカルニュースはあるが「東京・神奈川・千葉出身力士の今日の勝敗」なんて見た記憶がない。もしかして首都圏出身の力士なんていないのか?と思って調べたら、幕内にもちゃんといる。私でも名前を知っている翔猿や千代大龍は東京出身だそうだ。彼らが優勝したら東京新聞の号外とか出るのかしら?都庁に垂れ幕とか出るのかしら?東京駅の土産コーナーに関連グッズとか並ぶのかしら?

そうならないとすれば、なんか、喜ばれ方に「格差」あるよね(笑)

格差といえば、大相撲の場所はなぜ関東以北には来ないのだろう。名古屋でも大阪でも福岡でもやるのに、巡業以外に東北・北海道にお相撲さんたちが来ることはない。ついでに言うと「神韻」も見てみたいのだが、次の日本ツアーも宇都宮どまりでそれ以北は来てくれない。そういえば原田真二さんも最近はぜんぜん東北に来てくれないなー。今年は6月に仙台でアコースティックライブ1回だけ。こういうスポーツや芸能関係以外でも「西高東低」を感じてしまう事案はいろいろある。

あ、でも今般の衆院小選挙区10増10減では、減った10区のうち7区は西日本なのね。ちなみに東日本では福島県でも1区減らされ、政治家の先生方はケシカランと言っている。こと分配に関する限り、100人に聞いて100人とも公平公正というモノゴトはあり得ないが、議席も興行も「住んでる人の数」だけではない物差しがあってほしいなとは思う。

資源分配以外では・・・とりあえず、今場所も小兵・若隆景が巨漢力士を投げるところを期待してます!

(写真はマンション裏の寒椿?一日中、一瞬たりとも日光が当たらない場所にあるのにこんなにきれいな花を咲かせている)

まだまだ知らない名所があった

うちから車で1時間足らずのところにこんなスポットがあったとは! ということで久しぶりに写真レポートをどうぞ。

ここは桑折町(こおりまち)にある半田山自然公園というところ。存在は知っていたけど初めて来た。

交通量の多い国道4号から脇にそれ、ナビの指示通り細い山道を登ること20分。途中に看板もなく、すれ違う車もいない(道幅が狭いので対向車来るな〜と念じていたせいか)。若干不安になってきたが引き返すにもUターンする場所がなく、とりあえずナビ上で旗が立ってる場所まで行くしかない。道中、私の期待値はどんどん下がり、地方にありがちな少々残念な「公園」の図が浮かんでくる。

到着した駐車場は思ったよりは広い。他に2台とまってて少し安心。「遊歩道」の矢印に従って林の中を歩き始める。そういえばここまでやたらと「クマ出没注意」の看板があったなー。ラジオもクマ鈴も持ってないので「ある〜ひ、もりのなか〜」を下手な口笛で演奏しながら色づいた木立の中を行く。

と思ったら10分もしないうちに木々の間から青い水面が見えてきた。さらに下ると東屋が見え、その向こうには錦色の山を背負った湖が。

おお…

そこから先は上の写真のとおり。湖は半田沼といい、きちんと手入れされた遊歩道が周囲をめぐっている。その他にもいくつか散策路が整備されてるようだった。感動しながら湖畔一周する間に出会ったのは三脚を担いだおじいさんと、のんびり散歩する年配夫婦2組。こんなきれいなところ、なんでもっとたくさん来ないのかな?

かたや若者たちはハロウィンとやらで都会に詰めかけ、韓国の痛ましい事故では1平方メートルに10人が押し込まれていたとか。まったくなんということだろう。合掌。

ちなみに半田山のある桑折町の隣は国見町。福島県最北端の小さな町だ。2017年オープンした「道の駅国見あつかしの郷」は人気スポットで、ここで久しぶりにランチをいただいた。こういう女子っぽいメニューのある道の駅は貴重。

2020年春にコロナが始まる前まで、私は県内の観光情報を発信するサイトでずいぶん記事を書かせてもらった。特に道の駅はシリーズで書いてて、この国見の道の駅もオープン1年くらいのとき取材させてもらったっけ。コロナを経て、特に飲食部門は運営方法など試行錯誤しただろうが、人気は相変わらずでうれしかった。

お店や観光スポットの取材はとにかく写真撮らなきゃという一種の強迫観念があって、楽しいんだけど楽しくないというか、やりたいけとやりたくないというか(笑)そんな仕事だった。でも自分のブログでたまに紹介記事書くのはいいかも、と思わせてくれた半田山自然公園でありました。

お暇な方はこちらもどうぞ▷ 福島TRIPで私が書いた福島県内各地の観光スポット紹介(2017〜2020年に30本書きました)https://www.fukushimatrip.com/author/nakagawa

秋祭り

ドンドコ タカタカ ドンドコ タカタカ

町内を回ってくる山車

秋祭りのお囃子はなぜこんなに楽しい

子どもの私は通りへ飛び出す

家の前には提灯が飾られ、大勢の子どもたちがはしゃぐ 

ドンドコ タカタカ ドンドコ タカタカ

大きな山車とは別の、子ども用の小さな山車を引っ張るのが楽しみだった

その山車に乗って太鼓を叩いてみたかった

ドドンゴ タカタカ ドドンゴ タカタカ

夏は父に連れられて行った、近所の公園の盆踊り

あのときだって、ほんとは櫓の上に乗ってみたかった

ドドンゴ タカタカ ドドンゴ タカタカ

お祭りはいつも子どもがたくさん

きっと子どもは誰でも、太鼓を叩いてみたかったはずだよ、きっと

みんな、あんなに元気だったんだもの

ドンドコ タカタカ ドンドコ タカタカ

町内を回ってくる山車

秋祭りのお囃子はなぜこんなに悲しい

中年の私はマンションの窓から下を覗く

小さな山車が一台、周りを囲むのは大勢の子どもたちじゃなく数人の警察官たち

きっと子どもはみんな、もう家に帰る時間なんだよ、きっと

山車の提灯がゆらゆらと、ひと気のない通りを行ったり来たり

ドンドコ タカタカ ドンドコ タカタカ

だれが太鼓を叩いてるんだろう

もう私は見てみたいとも思わない

お囃子の音が悲しいなんて感傷的にも程があるでしょ、今どきは録音テープかもね

ふと気づいたら、もう音は聞こえない

いいのよ、これで

みんな、こんなに疲れてるんだもの

さすてなぶる

先週いきなり気温が下がって慌てて長袖を出した、と思ったら、昨日今日の福島市内の最高気温はまた30度近かった。今年の秋は遅いらしい。

△この夏のヘビロテだったベトナム風豆乳そうめん。福島は野菜が豊富でおいしいよ。

ところで、今日27日までの10日間は「サステナウィーク」っていうイベント期間だったんですって。主催の農水省さん、これって和製英語だよね??

サステナブルねえ。持続可能性ねえ。これを聞くたび私は思う。「持続する」という自動詞の主語(あるいは持続させるという他動詞の目的語)はいったい何なのだ?私たちはいったい何をsustainさせたいのだろう?地球環境?生態系?現代文明?人類?「ぜんぶ」というのが答えかもしれないけど、意外にみんなちゃんと考えてなくないか?

だって、人類をせめて曽孫の代くらいまで持続させるためには、「うまい速い安い楽しい清潔快適」の現代文明の少なくとも一部は、持続させることはできないんじゃないでしょか。どれだけ技術が進んでも、人間が生物である限りどっちも持続は無理だと思う。逆に言えば、いまの現代文明の水準のまま人類が持続できる可能性といったら、人類の全体数が劇的に減少すること、しか私には思いつかない。

もっとも、究極を言えばこの世には持続可能なものなんてない。諸行無常。万物流転。どんだけがんばっても地球の余命は太陽の余命50億年より大幅に短い。地球が生物のハビタブルゾーンにある期間はそれより大幅に短い。太陽系の破綻は、人類がいま二酸化炭素をどれだけ出そうが出すまいがそれとは無関係に起こる。その前に小惑星がぶつかってきちゃうかもしれないしね(それは今日、NASA探査機が世界初の衝突回避実験をやってみたらしいので大丈夫かしら)。

だからいま持続可能性云々と言ってるのは、せいぜいこの先百年くらいのスパンで人類が自分で自分の首を絞めて自滅しないためにはどうしたらよかんべ、という話。

△先々週、開け放った縁側喫茶が気持ちよかった。このおしゃれなスイーツの名前は忘れた。

1950~70年代に書かれた星新一のショートショートには、地球上の人口が爆発的に増えた未来を舞台にしたものが結構ある。人類が文明よりもまずは持続を目指すのなら、参考になるんじゃないかと思う。最近またリバイバルしてるらしいのには意味があるのかもね。

そうはいっても自分の残りの人生わずか数十年をどうやって「なるべく苦痛少なく(必ずしも苦労少なく、ではない)」生きるか、そしてその後どうやって死ぬかは、相変わらず個人にとっては大問題だ。望遠鏡も顕微鏡も両方つかいこなしてできるだけ平静に生きたいものだと思うが、はて・・・