もうちょっと親切にしてほしい

やっとスマホの料金プランを割安なものに変更した。3月くらいから各社の新料金が発表されていたけれど、最初のうちはきっと混むだろうと思って、ちょっと待っていたのだ。先日、そろそろいいかなと思って平日昼間に最寄りのショップを予約。混雑もなく対応もスムースだった・・・のはいいが、なんだかいろいろ考えさせられた。

新しい料金体系については多少調べてから行ったつもりだが、やっぱりこちらから質問しないとお得なプランは教えてくれないのである。最初、「新しいプランにすると、お客様の場合は逆に少しお高くなります」と言われ、でもそれはメインブランドの場合でしょ?データ通信は無制限でなくていいし、サブブランドなら別のプランがあるでしょ?などと訊いて初めてそちらを紹介してくれるのだ。両者のサービスの違いについても、速度は?とか保証は?とか一つ一つこちらが訊かないと具体的に教えてもらえない。

これ、ちょっと不親切なのではないか?お年寄りなら、最初に「高くなります」と言われて「あらそうですか」で終わってしまうかもしれない。

そして私は、たまたま同じサブブランドのポケットwifiを持っていて、同時にこれを解約したかったのだが、そのwifiはかなり前に大手家電量販店のY電機で契約したものだから、このショップ店頭では対応できないという。同じブランドなのになんでだよ?と思ったが、まあしょうがない。ここに電話しろという紙をもらったが、例によって音声自動案内を相手に長々と操作するのが嫌だったので、買い物ついでに最寄りのY電機の店舗で手続きしようと思い立つ。

翌日、念のため事前に解約手続きができることを電話で確認してから、いざ店舗カウンターに赴く。ところが店員いわく、「これはお客様ご自身でサービスセンターに電話していただく必要があります」。なんでだよ??まあしょうがない。店員もサポートしてくれる、というのでその場でスピーカーホンにしてセンターに電話。でも案の定、音声自動案内を何度聞いてやり直しても、せっかくプラン変更したばかりのスマホの解約メニューになってしまい、wifiの解約にたどり着かない。聞いていた店員も「オペレータにつながらないとダメそうですね」といい、店のスマホで同様に試してくれたが失敗。それでもああだこうだとやっているうちに、やっと電話の向こうに人間が出てきた。

「お客様のお電話番号を」「いや、私は電話ではなくwifiの解約をしたいんです」「ではwifiの番号を」はい、これ。「・・・その番号のご登録はありませんが」 

は?なんでだよ???そんな訳ないでしょ、現にいままで使ってたんだから!

だが、ここでキレて電話を切ったらこちらの負けである。再びああだこうだやって原因がわかり、やっと解約手続きを担当するという人につながったのだが、「本日解約されると手数料として10,450円かかりますが、よろしいですか?」

え、そうなの?そういえば契約書には更新手続き期間外の解約には手数料がかかると書いてあった気はする。「じゃ、いつ手続きすれば手数料かかりませんか?」「お客様の更新期間は8月~10月です」うーん、8月にまたこの音声自動案内の迷路をくぐり抜けなければならないのか・・・心が折れそうになる。

しかし、待てよ。5月から8月まで3か月分、もう使わないwifiの料金を払うよりここで手数料を払った方が安くね?

と、私はその場で気づくことができ、めでたく解約手続きを完了したのだが、これ、お年寄りには絶対無理じゃないですか??? って私は自分がお年寄りだと思っていない物言いをしているが、中年オバサンオジサンだってちょっと疲れて頭がもうろうとしていたら絶対無理だと思う。

こうやって、不必要なサービスを解約できないままズルズルとお金を払っている年配者って、きっとたくさんいるんじゃなかろうか。そういえば、父の生前、加入した覚えのない何とかプレミアム会員費というのが毎月請求されて、解約方法がわからないと相談されたことがあった。そのときは私がネットから無事解約でき、「父よ、今後ネットショッピングするときは気をつけてくれ」と諭して終わったのだが、私自身もそろそろ他人に諭している場合ではない。カモにされないように頭をシャープに保って自衛せねば、と思う今日この頃である。

けど、やっぱり、企業のほうがもう少し親切になってくれないものかねぇ・・・

(写真は5月中旬に訪れた喜多方の三ノ倉高原の菜の花畑。思ったより壮観でした。)

ちょっと嬉しいことがあった

信夫山を背負い、遠くに吾妻連峰を望むロケーション。緑の芝生が広がる前庭。平成築ではなかなか見られない、天井が高くゆったりとした贅沢な造りーー。福島県立図書館が大好きだという話はこのブログでも何回か書いている。が、実はその図書館にも唯一の難点があった。それはトイレ。4つある個室のうち3つが和式だったのだ(それでも洋式が1つあったのは他の昭和の県立施設よりはマシだったのかもしれないが)。

それがこの度ついに和洋比率が逆転し、洋式が3つになった!!新しい洋式にはちゃんとウォシュレットもついている。県のサイトを見ると昨年12月に「図書館トイレ洋式化工事」の業者落札があったみたいなので、きっと年度内にはリニューアルが終わっていたのだろう。先日久しぶりに利用してこの快挙を発見したときは、思わず「おぉ!」と声を上げた。もっとも駅のトイレと違って並ぶことなどないので、唯一の洋式が空くのを待たねばならないという事態はまずなかったのだが、それでもこの和洋比率逆転はなぜか嬉しい。やはり「チョイスがある」ということは気分的に違うのだ(たぶん)。逆に、なぜ1つだけ和式を残したのかは謎だが、おそらく公共施設ならではの真っ当な理由があるのであろう。

さて、その図書館へ行く道の途中、住宅街の中に小さな店がある。外から中が見えにくく入りやすい店構えとは言えないのだが、入口に掲げられた「コーヒー」「ジャズ」という控えめな文字がずっと気になっていた。一昨日、思い切って扉を開けて入ってみると、カウンターの中には初老のマスターが一人。想像どおりの空間だった。8人も入れば超満席の店内には、ジャズの名盤(もちろんレコード)とアンティークな小物が並ぶ。といってもアングラな雰囲気はない。

看板どおりにコーヒーを頼むとステンレスのポットで出てきた。これは長居して良いということだな(嬉)!こういう店は基本ドリンクだけかと思ったらパスタやドリアもできるらしい。なんかおいしそうな気がする。が、あいにく食事は済ませた後だったので、3種類あるケーキのうち「かぼちゃ」をオーダー。これはさすがに仕入れ品だろうと思い、よくあるオレンジ色のカボチャプリン系を予期していたら、違った。いかにも自家製のパウンド系で、しかもほんのり温かい。そして甘すぎない。ホイップクリームが添えられ、さらに「これをかけるとおいしいですよ」という黒蜜シロップも。かけたら本当においしかった。

さっき図書館で借りてきた本を読みつつ、ポットから2杯目を注ぐ。先客さんが帰ったあと、そろそろマスターと一言二言交わそうかと思ったところへ、続けて2組お客さんがやってきた。そうか、なかなか繁盛しているんだな。お話はまた次回の楽しみにとっておこう。

生きていれば悲しいこともあり嬉しいこともあり。どれだけささやかでも、ひとつひとつ味わわなければ。

ちょっと悲しいことがあった

朝、いつもの荒川土手を散歩していると、ケーンという鋭いキジの鳴き声がする。実は何度聞いても「ケーン」には聞こえないのだが、この国鳥は桃太郎の家来だった時分からそう鳴くことに決まっているのだから仕方ない。7年と少し前に福島県に越してきて(当時は二本松市)、生まれて初めてあの独特の音を聞き、「あれがキジだよ」と言われてビックリしたのを思い出す。

この時期は福島市内でもちょっと市街地を離れるとキジの声を聴くのは珍しくない。ただし、ふつうは声はすれども姿は見えず。用心深く茂みの中に隠れていて滅多に姿を現わさないものだが、先日は鳴き声のほうに目をやると、広い河川敷の中ほどに2羽も容易に見つけることができた。

なぜかというと、先頃このあたりの河川敷の植生が根こそぎ伐り倒されてしまったからだ。ここには以前、うっそうと茂った草むらだけでなく背の高い樹木(カワヤナギやオニグルミという種類だったらしい)が何本もあった。芽吹き始めたその木々の根元を本流から枝分かれした細いせせらぎが湾曲しながら潤していく様は、まさに「春の小川」の風景だった(去年のいまごろ書いた「写真のないブログ」)。心が癒される場所だった。

【在りし日の夏の川辺林】

無残にも切り株だけが残った河原を目にした朝、私は辺りも憚らず「あ~」と大声を出した。もうキジが姿を隠せる茂みがない。ここはキジだけでなくいろんな鳥の住処だったのに、そういえば最近はカモもシギも、ムクドリさえ姿を見ない気がする。春の初めには聞こえていたホーホケキョも消えた。夏にカッコーは帰ってくるかしら?一昨日あたりは雨が近かったせいかツバメが縦横に飛んでいたけれど、他の鳥はどこへ行った?

きっと治水のために必要だったんだよね。少しずつ緑が戻り、いつかは鳥たちも戻ってくるよね。急に殺風景になった散歩コースを歩きながら、私はそう祈るしかないのであった。

【iphoneカメラなポートレート機能で不思議な写真がとれました】

習い事でも始めるならば

パスタ鍋の底に、ついに穴が開いた。金属にも自然に穴って開くのね。それほど酷使した記憶はないんだけどね。これを新調するついでに、ダイヤモンドコーティングとやらが跡形もなく消えて真っ黒になったフライパンも新品にお取替え。これで気分が上がって少しは手の込んだ料理でもするようになるだろうか、ワタシ?

春、新しいことを始めるには気分的にピッタリの季節である。ボケ防止の意味でも習い事は良いはずだ。この機会に料理教室でも!とは、しかし、どうしてもならないんだなーこれが。料理は嫌いなんだもん。

じゃ、どんなことなら五十六の手習いをする気になるだろう。

実は昨年の今ごろ、歌が歌える人になりたいと思ってボーカル教室に体験に行ったのだが、ほどなくそこはコロナで閉じてしまった。夏ごろには絵が描ける人になりたいと思って絵画教室も覗きにいったが、午前のクラスしかなく、10時スタートに毎回遅刻しそうな懸念があって踏み切れなかった(夜型生活の矯正はとうに諦めている)。

秋には英会話を本気でブラッシュアップと思い、これも近場の教室で体験してみたがピンとこなかったし、そういえば太極拳を習いたいと思って調べたけど、やっぱり適当なのが見つからなかったんだ。そもそも東京と比べてしまうと習い事をしようと思ったときのチョイスは格段に少ない。

で、いま考えているのは「化粧」の技術習得である。この歳になるまで基本ノーメークで通してきたが(かろうじて眉毛だけは描く)、別にそこに哲学があるわけではない。9割怠慢、1割節約というところだ。いままで肌のトラブルが少なかったのも幸運だったと思うが、さすがにここ数年、目尻のシワはともかく「シミ」が気になるようになった。若い頃さんざん積極的に日焼けした世代なので、これはもう自業自得としか言えない。

折しも、Facebookでなぜかメークアップのプロセス動画が山のように流れてくる。へぇ・・・「化けて粧(めか)す」とはよく言ったものだ・・・と何回も画面に釘付けになるうち、この「シミを隠して化ける技」を私も習得したいという気になってきた。むかし、婦人雑誌で「コンシーラー」という道具を見たことがあるが、それがconceal(隠す)という言葉から来ているのだと理解したのは割と最近である。

とはいえ、いきなりコンシーラーだけ買ってもきっとダメなのだろう。最低限ほかに何が必要なのか、ドラッグストアの売り場で一人思案していても埒が明かないので、ちゃんと指南を請おうと考えている次第。

もっとも、人と会うのもオンラインが増えて、画面越しだとシワもシミもそれほど目立たないものだなと、前回の記事に自分のおかしな顔のスクショをアップしてみて思ったのだが、なんでもオンラインが永遠に続くわけではない。リアルでの対面に戻ったときちょっと化けられるよう、がんばってみようかしらん。

・・・それとも私はFacebookの動画表示アルゴリズムにまんまと誘導されただけなのか??

自分の顔、好きですか?

インタビュー取材をするときは、念のためレコーダーで録音する。もちろんいちいちテープ起こしするわけではない。あらかた書きあげてから細部を確認するために録音を聞くのだが、これが最近オンライン取材が増え、録音を聞く代わりに録画を見ることが増えた。

ご存知の通りzoomは音を出した人をそのつど大映しにしてくれる。私は、ひとこと質問したら後は黙って聞いていればいいものを頻繁に相槌を打ってしまうので、そのたびに画面が私に切り替わる。で、結構な時間、私は自分の顔を眺めることになる。

その顔、いつも鏡で見るのとは左右が違う。完全な左右シメトリーの顔を持つ人などいないだろうが、それにしてもこれほどアンバランスになるものかと画面に見入ることしばし。気に入らない右半分を少しでも相手から遠ざけようとするためか、常に首が傾いでいる。そして口まわりの肉がこれほどたるんでいるとは・・・。

癖も明らかだ。自分の早口やしゃべり方の癖は分かっていたが、身振りの癖は動画で初めて知った。ペンを持った右手の親指と人差し指で口の左右を押し上げているのは、ほうれい線を伸ばそうという完全に無意識の仕草である。

そう、オンライン取材でも私はメモを取るにのにペンを使う。いまどきは対面取材でもその場でカタカタとノートパソコンに入力する人もいるらしいが、私はやっぱり相手の話を聞いているときは目を見て聞きたいし、聞きながら次の質問を全力で考えようとするとどうしても入力と同時にはできない。これはオンラインでも同じことだ(目線は微妙に合わないけど)。

もっとも私はメモとりが下手。それ以前に手書きの文字が汚すぎて時間が経つと自分でも読めないため、記憶が新鮮なうちにとりあえず全部ワード上に吐き出しておかなければならない。そこに事前取材・周辺取材で収集した情報を加えて文章にしていくのだが、最後はやはり録画のお世話になる。次回のzoom取材こそ、相槌を控えめにし、首を真っ直ぐにして、口元に手をやらないようにしなければ!

って、画面の中の私の顔をそんなにまじまじ見ている人は当の本人以外に誰もいないだろうけどね(笑)。単なる自意識過剰で失礼しましたm(__)m