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東北・福島を主なフィールドに取材・執筆・編集・広報支援などしています。

東京でお気楽独身サラリーマン生活二十数年。そんな四十路の最後の年、縁あって福島県で仕事に就きました。

なぜ福島だったのか?

東京の生活・東京の価値観しか知らない自分が少し不安になる→ いちどは地方暮らしを経験してみたい→ 定年退職までは待ってられない→ どうせ地方で仕事するなら東北の復興支援もいいかな→ でも寒すぎたり遠すぎたりするのはいやだな→ ほどよい距離の福島で仕事を探す→ NPO法人ETICの右腕派遣というプログラムで、ちょうどよい仕事を見つける→ で、原発事故で全町避難中の福島県浪江町役場の手伝いをすることになり、生まれて初めて(任期つきの)公務員になりました。2014年初めのことです。

当初は、東京と行き来しながら1年ちょっとの期間限定「お試し移住」のつもりが、気がつけば1年9ヶ月が経過。その時点で東京にキープしていた拠点を引き払っていわゆる「本格移住」ということになり、このブログを書き始めました。そして、その半年後には勢いで福島にマンションまで買ってしまったんですね。

仕事については、身分は少しずつ変わりながらも同じ役場で3年2か月お世話になった後、2017年4月よりフリーランスのライター/広報アドバイザーとして活動を始めています。既にその半年前から他団体向けの執筆などの仕事はさせてもらっていたのですが、2017年3月末に浪江町の一部で6年越しの避難指示が解除されるのを役場職員の一人として見届けられたことは、感慨深いものがありました。

元々このブログは、相対的に数の少ないアラフィフ女子の単身移住者として、都市部に数多いる同年代シングル女性の少しでも参考になればと、自分の記録も兼ねて日々の出来事や感じたことをゆるい感じで綴ってきました。

で、綴り始めて3年。フリーになって2年。気づいたのは、移住生活の喜怒哀楽に男女や年齢は関係ないんでないの、ということ。それにもう、女がどうの50代がどうのおひとりさまがどうの、ということ自体が面倒な歳ごろになりまして、このたび「50歳からの単身地方移住日記」としていたサブタイトルを変更しました。

これからは、東京で長年サラリーマンしてた人間が地方でフリーになってどうやって生活しているのか、また現在の本業であるライティングの仕事を通じて感じたこと考えたことなども合わせて、引き続きゆるい感じ(=超不定期更新)で綴っていきたいと思います。(2019年5月)

【中川 雅美】神奈川県川崎市出身。東京の外資系企業数社で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わったのち、2014年初から福島県へ。復興庁からの派遣職員として、当時全町避難中だった浪江町役場の広報支援に入る。任期終了後も福島県に残り、現在は福島市を拠点にフリーのライター&広報アドバイザーとして活動中。

[主な職歴】㈱レクシス(翻訳・制作会社)アカウント・マネジャー/アメリカン・インターナショナル・グループ㈱(米保険グループ)パブリケーション・マネジャーおよびコーポレートブランド・マネジャー/テンプル大学ジャパンキャンパス(米国大学日本校)チーフ・コミュニケーション・オフィサー(広報部長)/福島県浪江町役場 広報コーディネータ(復興庁派遣→任期付職員)