夏の夜

ラジオから流れるプロ野球中継

煙草の煙、車の匂い

工場萌えなんて言葉ができるより30年以上も前の京浜工業地帯の夜景

ブルドッグが涎を垂らすビタワンのネオンサイン

もうすぐお家

もうすぐお家

おばあちゃんちの帰り、お墓まいりの帰り

あるいは若い家族旅行の帰り

心地良く疲れた私たちを乗せて車はいつもの首都高を走る

途中で眠くなる・・・と、「ほら、ビタワンだよ」

もうすぐお家

もうすぐお家

このシーンは二度と再現されない、だって父はもうハンドルを握らないしビタワンはもう無いもん

でも私の記憶は夏の夜のプロ野球中継を聞きながら工場萌えの首都高湾岸線を走る

もうすぐお家

もうすぐお家

いまでもお家

いつまでもお家

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(たまにこういう詩(のようなもの)も書いてます)

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アラ還は阿羅漢

今月、自動車運転免許の更新をした。なんと、福島県に引っ越してからもう2回目だ。

来た当初はほぼペーパードライバーだったが、こちらでは車なしでは生活できない。この5年半ほぼ毎日ハンドルを握って無事故無違反。ゴールド免許をキープしている。なので講習は30分、更新料は3000円で済んだ。これが、あと15年すれば2時間5100円の高齢者教習が必須になるんだなぁ…(怖)

昔からド近眼なので老眼は遅いと思っていたが、最近はやはり手元の見え方が違う。とりあえず免許の更新には差し支えなくても、5年前には感じていなかった「老化」の現象がこのところ顕著である。やっぱり女は閉経してからが第二の人生なのね…(鬱)

で、四捨五入してアラ還になった記念に、新しい遠近両用メガネを作りに行こうと思い立つ。そのときちょうど着ていたのが某ファストファッションのTワンピ。風呂上がりにカパッと着る部屋着にちょうどいいと思って買ったものだが、いちおう膝は隠れる。目指す眼鏡屋は幹線道路沿いで、どうせ車だし、このまま行ってしまおうかと姿見を覗く。そしたら、そこに映っていたのは紛れもなく「アッパッパを着たおばさん」であった…(愕)

まあ年齢に抗ってもしかたないので、下に黒いスパッツを履いただけで潔くアッパッパのまま出かける。こうやって人生と面の皮は厚みを増していくのだな(笑)

夜には83歳の母親に電話して、産んでくれた礼を言う。本人は娘の誕生日など忘れていたが、「なぁに、75歳まではまだまだ」と人生の先輩らしいお言葉を賜る。

そうか、あと20年、まだまだか。阿羅漢を目指す以外、現世利益的にもう一仕事せよということか。さーて、何しましょ?

(1枚目の写真)自宅から車で20分、土湯峠のロードパーク。この時期、ホーホケキョとカナカナカナが一緒に聞こえる。

(2枚目の写真)先月、広島は宮島で食した名物の「あなごめし」。鰻はダメだがこれはOK。

あぁ、健康保険

今年も健康保険税の支払いが始まった。サラリーマン時代を振り返って何に感謝するかといえば、社会保険の半分を会社が払ってくれていたことだ。で、当時は良くも悪くもすべて給与天引きだったが、フリーの今は健康保険だけは敢えて自動引落としにせず、振込み票を持って毎回コンビニに向かう。

▲本文と無関係ですが、前回投稿した広島旅行より。宮島は千畳閣にて。

私にとっては、消費税よりも社会保険のほうが重税感が強い。保険は相互扶助であり税金とは違うといわれても、加入・非加入の自由は原則なく、所得があれば有無を言わせず課されるのだから税と同じだ。事実、健康保険に関しては保険料とは言わずに保険税という。

消費税は、高額なものを買えば税金も高く、安いもので良ければ税金も安い、という意味においては至極公平な税だと思う。消費の内容によって払う税額をある程度「自分で選べる」とも言える。けれども、健康保険税は自分が享受する保険サービスの多寡とは無関係に負担する税だ。子無しおひとりさまの自分は、少子高齢化を招いた責任の一端をこうして背負わなければならないのだ、などと自分に言い聞かせるしかない。

もっとも、実家に帰ると老いた親が、やれ痛い、やれ痒い、やれ耳が詰まったとかで医者に通い、ただ気持ちいいだけの電気治療を受け、耳掃除をしてもらい、市販のと大して変わらない軟膏や湿布を大量に処方されてくるのを目の当たりにする。私の保険税は回りまわってそういう親の治療費を払っているのだと思えば、帳尻は合っている気にもなる。耳掃除や湿布なら大した額ではないが、事実、もう4年前になるが母が重病で死にそうになったときはずいぶん長いこと病院のお世話になり、それこそ国民健康保険がなかったら大変なことになっていた。(あっても大変だったけど)

▲こちらも広島旅行より。尾道の艮神社。

いま、両親ともに労働収入はない。彼らはひたすら消費するだけ、医療費を使うだけである。私を含む現代日本人がみな骨の髄まで毒されている「生産性」という指標で測るなら、ほぼゼロである。でも私個人にとっては、「おかえり」と言ってくれる存在なだけで有難いのだけれどね。思うように動かなくなってきた身体にいらだち、母は「ああ情けない、もう早く死んぢまいたいよ」などと口走る。これが自分の親でなければ、「ええ、早く逝っていただいた方がこちらも経済的に助かります」と感じるものだろうか。

その両親も先日の参院選ではなんとかかんとか投票に行った。たまたま私が帰省していたので付いていったが、私なら15分で行って帰ってこられる距離を、散歩がてらと言いつつトボトボ1時間かけて往復すれば、二人とももうグッタリである。家からスマホで投票できるようになったら便利だと思うが、彼らはスマホ自体持っていない。

ちなみにどの政党に入れるのか聞いたら、母は「安楽死なんとか」というので笑った。実際はどうしたのか知らないが、まぁこういう一票も少なくないのであろう。

私が彼らの歳になる30年後、日本はどんなことになってるだろうか。決してバラ色には思えないが、いたずらに怖がるだけではどうしようもない。いちばんの自己防衛は何か?それはおそらく、寛容になることなのだ。自分にも周囲にも。

もちろん、言うは易しい。努力するしかない。

ひろしまとふくしま

先々週に行った広島旅行の話を書く。

広島は20年くらい前にも出張でいちど訪れたことがある。そのときは原爆ドームをチラ見しただけで観光する余裕はなかったが、今回は2時間かけて原爆資料館を見学し、翌日は厳島神社のある宮島でほぼ一日過ごした。どちらも世界遺産だ。

原爆資料館は圧巻の内容だったが、東日本大震災被災地の人なら、原爆投下後の焼け野原と津波の翌朝の光景をダブらせる人は多いのではなかろうか。そして、福島に住む者としては「被ばく」という言葉にも敏感にならざるを得ない。原子爆弾による被爆と、原発事故の放射性物質による被曝はまったく違う次元のものだが、世の中一般、なんとなく一緒くたのイメージになっているような気がする。どちらも繰り返してはいけないという点においては同じなのだが。福島県双葉郡にもできる東日本大震災・原子力災害アーカイブ施設はどんな内容になるんだろう。

ところで、東京や京都だけでなく日本全国で外国人観光客が激増しているのは知っていたが、広島も例外ではなかった。へぇと思ったのは、欧米系が多いことだ。私が原爆資料館を訪れた時は、見学者の9割方が外国人、そのうち7割くらいは東アジア以外の人々だったと思う。宮島には日本人のグループも多かったが、それと同じくらいの外国人もいて賑わっていた。

広島市内に2泊の後、そこからローカル線で1時間半余りの尾道にも1泊。お目当ての絶景ルート「しまなみ海道」の一部を走った。走ったといっても、自動車ではなく自転車である。ここでも、ドライブではなくサイクリングしているのはやはり外国人が多かった。「サイクリストの聖地」を謳うだけあって、ルートも各種サービスもすばらしく整備されている。

わが福島市もオリンピックを控えてインバウンド増加を意識しているようだけれども、残念ながら実感として市内の外国人客数は文字通り桁違いに少ない。ま、市内に2つも世界遺産を持つ広島市と比べてがっかりしてもナンセンスだから、福島市は独自のニッチを行くしかなかろう。

福島市の売りといえば花と温泉と果物と磐梯吾妻スカイライン(吾妻山と浄土平)だが、はっきり言って「美しい自然」はどこでもある。花も果物もシーズンが限られるし、食べものには好き嫌いもある。スカイラインだって冬季は閉鎖だ。日本人は人間なら誰でも温泉好きと思っているが、湯船に入る習慣のない国も多い。

ということで、マスを相手ではなくリピータ―獲得狙いのほうが正しい気がするのだが、いかがかしらん。噛むほどに味わい深い地味なふくしま。外国人の前に日本人も来てもらわないとね。

ももりん、がんばろね

雨音と夕焼け

東京から福島に引っ越してきて、やらなくなったこと。

1.まともな傘を差さなくなった。

なぜなら、運動としての散歩以外に屋外を長時間(=5分以上)歩くということがほとんどないから。二本松の賃貸アパートにいたときは、ドアを出てからしんじ君(※)まで5歩だった。傘を開く間すらない。福島のマンションに越してからは敷地外に借りている駐車場まで150歩に増えたから、本降りのときはさすがに差すが、それでも大した傘は必要ない。半分壊れた古いものや、どこで誰のにすり替わったかわからないビニール傘で間に合わせていた。

(※最近しんじ君の話を全然書いていないけども、私の愛車の名称。現在のしんじ君1号は福島に来てから2代目。2号(自転車)は、残念ながら三月ほど前に盗難に遭い行方不明となっている。)

それが少し前、ちょっと風の強い吹き降りの日があって、駅までの5分でも濡れそうだったので、戸棚に眠っていた布張り16本骨の「ちゃんとした傘」を久しぶりに差した。そしたら、雨音が違った。友人から、「生地にあたる雨音がいい」という理由で旦那さんが大事にしている傘がある、と聞いたせいかもしれないが、本当に、これが「雨音」ってやつだよな、と思わせる音。ショパンに雨だれの前奏曲というのがあったっけ。東京では雨の日の通勤に傘は必需品であったが、雨音の違いなんて意識したことなかった。久々のことをすると新発見がある。さて、次にこの傘を差すのはいつかしらん。

2.もうひとつ、特に福島市に越してからめっきり減ったのは、本を買うという行為だ。

ロケーションも建物もすばらしい県立図書館が身近にあるのは本当にありがたい。今すぐ読みたい「話題の新刊」なら本屋に行くが、仕事で必要な資料でなければ一刻を争うわけもなし。1年も待てば図書館の新着図書コーナーに並ぶものも多いし、却って新聞の書評などで予断を持たず図書館側のセレクト企画に乗るのも楽しい。たいていの雑誌や新聞も読み放題。税金をこういうふうに還元してくれるのはうれしいことだ。最近では旅行に出かける際のガイドブックまで図書館頼りである。

そんなで定期的にお世話になる県立図書館、平日は19時まで開館しているらしいが、いつも訪れるのは昼間だった。信夫山を背にした広大な敷地、緑の芝生の前庭を散歩するのが気持ちがいいのだ。それが先日、隣接する県立美術館で夜のアートパフォーマンスがあるというので、19時過ぎに初めて敷地に入った。そしたら、黒い影になりつつある信夫山の上に夕焼けの名残りがそれは美しかった。

二本松の工業団地の中にあった浪江町役場の仮設庁舎に勤めていたときも、帰りの駐車場で見上げるこの時期の夕空は美しかった。東京でこんな夕焼けを見たことがあっただろうかとよく自問した。当然、気象条件さえ合えばどこでも同じように夕焼けはおこる。でも空の広さが違うから気づかなかっただけだろう。

雨音も夕焼けも、たわいもない話だけど、私にとってはけっこう大事なことだったりするんだな。