春の土手

今朝、一週間ぶりに朝の荒川土手を散歩したら、前回は咲いていなかったタンポポとオオイヌノフグリが足下で満開だった。ウクライナ国旗の色だなと思った。

しばらく行くと、用水路の水にのんびり浮かんでいたカモの夫婦が、荒川に合流した途端、速い流れに押されてくるりと向きを変えながら下っていくのが見えた。むかし遊園地にあったコーヒーカップという遊具を思い出す。

土手沿いには小さな児童公園がある。数本のソメイヨシノはとうに散ってしまったが、隣ではハナモモが狂ったように咲いていた。ショッキングピンクなどという言葉がなかった時代、人々はこの色をどう表現していたのだろう。幾重もの色濃い花びらが葉のない枝にみっしりとまとわりついて、少々毒々しい感じがしなくもない。

土手に面して建つ一軒のお宅は、畳三畳ほどの畑をつくっておられる。ここでも先月種を撒いたのであろう野菜たちが葉を出し花を咲かせていた。野菜の花はどれも控えめだが、どれも愛らしい。

もともと寒暖差の激しい福島市(@盆地)だが、4月は特に極端で、昼は半そで夜は暖房という日もめずらしくない。先週など、最高気温が昨日と今日で20度違うというときがあって、いくらなんでもこれはひどいと話題になった。桃の花に霜が降りたら、みんなの大好きなあの果物がとれなくなってしまう。防霜ファンなる機械もあることを初めて知った。農家さんは自然の力を借りながら、自然と折り合いをつけながら、営む生業である。

いまのところ季節は、地球の公転にあわせて少しずつ進む。地軸が傾いていてよかったね。

ときどき敢えて写真を載せない記事を書くようにしています(といっても2回目かな)。感覚から入力された情報を言葉で再現する練習、ということで。

いまいちど当たり前を疑うべし

まあびっくりした。人生初の震度6。福島市は「6弱」だったらしいが、「6強」を知らないので違いはわからん。

ともかく今まで経験したことのない揺れではあった。が、幸い今回も我が家では倒れた家具も壊れたものもなく、片付け不要で済んだ。前回、昨年2月の震度6のときはたまたま川崎に帰省中で数日後に戻ったのだが、そのときも拍子抜けするくらい家の中は無事だった。もともとモノが少ないのも一因だろうけど、9割方は単なるラッキーだと思う。今回は一晩だけ停電断水した(マンションの場合はこの2つはセットであると改めて学んだ。停電すると給水ポンプが作動しない)とはいえ、いまでも復旧作業中の地域があることを思えば、そんなの「被害」のうちにも入らない。

▲「あおさバター」はちょっとインパクトのあるビジュアル。不思議な味で、最初失敗したかと思ったら意外にハマった。これの産地である相馬市、隣の南相馬市鹿島区で特に被害が深刻。

しかし、同じ福島市内でも家の中めちゃくちゃ、311の時よりも、去年よりも酷かったという声をたくさん聞く。同じように見えても地盤の細部とか、揺れ方と建物の向きの関係とか、個別要因で被害はだいぶ違うようだ。近所の花屋さんなんて、テーブルの上にぎっちり並べたガラスの花瓶がひとつも落ちなかったというのだから不思議である。

かと思うと、その目と鼻の先の福島駅の駅舎(新幹線側)は結構な被害を受けている。線路だけでなく駅構内の復旧が間に合わなければ運転再開は無理だ。脱線した車両の映像を見て、あの地震でこの程度で済んだなんて、私は率直にやっぱり新幹線すごいよなと思った。駅舎の復旧作業も、少なくとも私の目には非常な速さで進んでおり、やっぱりインフラ企業の責任感はすごいよなと感じている。

そのJR東日本がツイッターで、新幹線が止まったことで「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と発信したのに対し、自然災害だから謝る必要はない」というコメントが結構寄せられていた。それを見て私はそう感じてるのが自分だけじゃないと知って、ちょっとホッとした。

のだけど、もうちょっと考えた。

もしもJRが謝罪の言葉を一言も発していなかったら、もっとバッシングされてたかも? 日本ではとりあえず謝ることが正しいとされる。自分自身に非がなくても、目の前に迷惑を被っている人がいればとりあえず謝る。そうすると相手も周りも「いやいや、あなたのせいじゃないから」と優しくなる。

電車が止まって謝るようになったのは、明らかに1987年の民営化後だ。それまで私は毎日、旧国鉄に乗って高校・大学に通っていた。当時は事故だの何だのでどれだけ遅れても謝罪のアナウンスなどなかった。それがいつの頃からか、車掌が「お急ぎのところご迷惑をおかけして申し訳ございません」と車内放送するようになった。整備不良による車両故障とかなら確かにケシカランが、人身事故の場合はJRだって被害者である。最初に放送を聞いたときは、何だか変だなと思った。

でも、慣れてしまってそれが当たり前になった。何があっても止まったり遅れたりするのは迷惑でケシカラン。だから謝るのは当然、て感じになった。

▲なんでもない日の朝食。有難し。

今回の地震の後、大臣がJR東日本を訪れて早く見通しを示せといい、私の読む新聞も「脱線したのは過去の教訓が生かされてないからだ」と批判した。確かにそういう面もあるもしれない。でも・・・と思う。

昨日の「電力需給ひっ迫警報」による節電要請もそう。新聞によれば、東日本大震災の教訓で広域融通を進めるはずだったのに、送電網整備を先送りしたせいでこういうことになった、のだそうだ。電力会社の不作為のせいで、消費者も大口需要家も大迷惑をこうむったと。確かにそうなんだろう。実際、暖房切って昨晩は寒かった。でも・・・と思う。

何でもかんでも「いつでもあっていつでも動いて当たり前」という我々の感覚も、改めるべきなのではないか? エッセンシャルなインフラ、それを動かすエッセンシャルなワークは魔法で成り立ってるわけではない。だからこそ日頃の危機管理、バックアップ体制構築が重要だけど、電車はだれかが動かしているから動くのであり、電気はだれかが発電しているから使えるという当たり前のことを、使う側は今いちど思い出すべきじゃないかと思う。

特に電気は目に見えないから、空気のように無尽蔵に存在するものと勘違いしがちだが(私だけ?)、実際にはたくさんの燃料を燃やしたり、大量の水をせき止めたり、あるいは人為的に原子核反応を起こしたり、という誠に「不自然な」ことをして人間が作り出しているものだ。水だってそう。庭を掘れば安全な井戸水がわく家はともかく、そうでなければ人為的に水道水を作って届けてくれる人たちがいなければ水は飲めない。

地震でも台風でも爆撃されても、何があっても魔法のように平然と動き続けるインフラ、なんてないのだ。

もちろん、大インフラ企業が形だけ平身低頭してやるべきことをやらないのは言語道断。けれども、有事にあたってモノゴトの優先順位を考えるとき、インフラを使う側の認識も問われるなあとつくづく思う。

とりあえず余震来ないで―

ここで止まっちゃう

先週初めの寒波で、福島市街はまたもや20センチくらい積雪した。今年はもう雪はたくさんだ。が、さすがにもう3月。今回の雪はすぐにとけ、1週間後には日陰を残してほとんど消えた。この辺は中途半端な「雪国」のため、植木に雪囲いなどしていないのだが、街路樹のツツジは何回も分厚い雪の下に埋もれながらしっかり芽を出している。頼もしい。

このツツジの脇で、とけ残った雪の上にマスクが落ちていた。最近よく見かける道路ゴミである。思い起こせば2年前の今ごろ、どこを探してもマスク売ってなかったよねぇ。100円ショップの靴紐とハンカチで急場しのぎのマスクを作ったっけねぇ。モノの価値というのはこうも激変するのだねぇ。

オミクロン騒ぎも、今般のウクライナ問題でそれどころじゃない感じになってきた。北京パラリンピック後の台湾有事だってまったくあり得ない話じゃないだろう。

そんななかで東北の太平洋沿岸地域はもうすぐ、11回目の「あの日」を迎える。

昨年はコロナ禍中でも10周年ということでそれなりに報道はあったと思う。10年という節目で出版されたフクシマ本もけっこうある。でも今年はほんとに静かなアニバーサリーになるのだろう。それはそれで自然なことで、べつにケシカランとは思わない。

ただ、個人的には、今のタイミングでもう一度、私なりに311と向き合ってみたい、という気になっている。なんて言うと大げさだが、あらためて人の話を聞いたり、本を読んだり、しようと思っているところだ。その結果をどういう形でアウトプットできるか、できないか、それはまた別の話だけれど。(言い訳)

そんなこともこんなことも、すべては平和な日常のおかげ。当たり前と思っている日常、当たり前と思っている価値感。それがいかに脆いものか、あのときも、いまも、教わっている気がする。教わって、そしてどうするかが問題なのだけれど。(っていつもここで止まっちゃう。先に行く気はあるのか、ワタシ?)

地元の個人店応援してます

取材以外は家にこもって仕事が基本のフリーライター稼業。そのうえ福島にも再びマンボー適用で、夜の会食はおろか、昼間の一人ランチや一人お茶すらなんとなく気が引ける雰囲気である。なので、ふだんの外出は散歩がてらの日用品や食料品の買い物だけだ。

それでもたまには気分転換で外食したくなるのは人のサガ。こんな状況でがんばっている飲食店、特に大手チェーンではなく個人でやってる小さな店を応援したくて、週に一度くらいはそういうところを探してさっくり訪問したりする。

先日は、前から気になっていた近所の店に入ってみた。路面ではなく狭い階段を上っていくというだけで若干ハードルがあがるが、ネットで見たプレートランチの写真がおいしそうで、意を決してトライ。結果は大正解だった。

▲てっぺんにはかわいいサモサ

この辺ではあまりお目にかかれないエスニックな手作り総菜がたっぷり。スリランカ風ありトンガ風ありアフリカ(のどこだか忘れた)風あり、それをミールスっぽく混ぜ混ぜしていただく。

オーナーさんに聞くと、この店は5年前にバーレストランとして開業したそう。たしかにカウンターにはいろんなお酒のボトルが並んでいる(その光景自体がなぜかひどく懐かしい)。本来ランチ営業はオマケだったというが、考えたら5年のうち2年がコロナである。もともと小さな店なのにさらに席数を減らし、またもやマンボーで時短&アルコール提供自粛。他人事ながら涙が出そうになってしまう。てか、こんな手のかかったおいしいランチ(実はその場でベジ仕様にも対応してもらった)、これにコーヒーもつけて千円ぽっきりじゃ安すぎるでしょ!

もし他のお客さんがいなかったなら、おそらく私は「東京なら倍はとりますよ、私にとってはそのくらいの価値があります」とか言って札を2枚置いていったと思う。コロナが落ち着いたら、この居心地よさそうなカウンターで早く一杯やりたいものだ。

▲こちらは福島駅ビル内のスーパーで売ってる「はらこ飯」。これで680円という抜群のコスパで隠れ人気商品だったが、いつの間にか980円になってた。改定価格の方がたぶん、正しい。

他にも、コロナ以降に近所で若いオーナーが開業した個人店をいくつか知っている。先月紹介した花屋さんもそうだし、大手チェーンから独立したマッサージ屋さん、コンセプトのしっかりしたスープカフェにお茶カフェ。一方、昭和の時代からやってそうな喫茶店や時計店、セレクトショップなんかも頑張っている。私一人の消費などたかが知れてはいるが、同じモノ・サービスを買うならなるべくそういうところを利用したいものだ。

などと思いながら数日前、いちおう福島駅周辺で一番の繁華街であるはずの通りを歩いてみたら、ほんの十数メートルの間に「テナント募集中」の張り紙を3軒見つけた。原因はコロナだけではないんだろうが…… とりあえず早くコロナ終わってくださいmm

便利な世の中

20年近く愛用してきたCDプレーヤーが壊れた。正確にはCD/DVD/MDプレーヤー・チューナーアンプだけど、もっぱらCDとDVDの視聴のみで使用していたもの。それが、しばらく前からボリュームの調節がおかしくなったり、ディスクを読み込まなくなったりしていた。そのたびに電源をオンオフしたり、プラグを抜き差ししたりして、だましだましなんとかなっていたのが、このところ全然ダメ。ついに世代交代と決心した。ついでに、同じく20年選手だったテレビもお取替えを検討。こちらはリモコンが壊れて久しい。地デジ化の際にも買い替えず、デジタルチューナーに接続して現役続行してきたけど、さすがにそろそろ引退願おうか。

ということで、最寄りの家電量販店へ。

平日昼間の地方の家電量販店は(この写真ほどではないが)気持ちいいくらい空いている(笑)。30分ほどで新しいテレビとCD/DVDプレーヤーをゲットして帰宅した。CDを聴くときもテレビのスピーカーを通すことにしたので、配線はテレビとプレーヤーをつなぐだけ、と超簡単。以前はスピーカーとアンプをつなぎ、アンプとデジタルチューナーをつなぎ、チューナーとテレビをつなぎ、とやっていたので、ケーブル類が大変なことになっていたのである。それがこのたび、見た目も気分も超すっきりした。

で、不要となったアンプ、スピーカー、テレビ、デジタルチューナーをどうしよう? アンプはともかく他の機器は壊れて使えないというわけではない。お金を払って処分するのもなー。重たい思いをして買取店に持ち込んでも二束三文だしなー。

そこで以前友人のSNS投稿で知ったサイトの、不要品「売ります・あげます」コーナーに格安もしくは無料で掲載したところ、大正解。要修理のアンプも含め、すぐに欲しいという人が現われ、数日ですべて引き取られていった。人口28万人の福島市でもちゃんとこういう市場は成立するのねー。それにしても便利な世の中になったものだ。

それでいい気になって、少々押入れの整理を。しまいこんであった照明器具と小型暖房器具、自転車用品、美容家電は出したその日に即決。一方、洋服3点は1週間経っても問合せはゼロだった。なるほど、面白いものである。それなら、と洋服類は買取ショップへ持ち込んでこちらもすっきり。

面白いからまだ何か出したいと思ったが、もともとモノはため込まない性格なので、今のところ我が家にはもうこれ以上出せるものがない。実家にある大量のモノを大放出して「売ります・あげます」大会をやったら面白いだろうと思うのだが、引き取り手は即決したとしても実際に渡すまでには数日かかるから、いつもの2泊3日程度の帰省ではちょっと時間が足りない。まあそのうちそんなこともできる日が来るだろう。

ということで、ここ数週間の断捨離レポートでした。

上の写真:福島市街から山の方へ20分ほど走ったところにあるあづま運動公園。まだまだ雪が残っている。

下の写真:すっきりついでにパソコン台を新調しに行った帰り、食したイチゴづくしコース@フルーツピークス。まだまだ寒いが暦は立春。日本人がイチゴ好きなのは、この時期、気分だけでも春の訪れを感じたいということかな。