靴を脱いで上がる店が多い件について

昨日は、こちらに来てから知り合った郡山ネイティブのお友達とランチ。二本松まで来てくれたので、近所(車で20分は近所です)のお気に入りのうどん屋さんとカフェをはしごした。どちらもメインの国道から岳温泉に向かって山の方へ向かう道沿いにある。この道は木々に囲まれてなかなかすてきな雰囲気の飲食店が点在していて、一説には『あだたら高原グルメロード』と呼ばれているらしい。種類は、そば屋、うどん屋、パン屋、ピザ屋、カレー屋など。どうも「屋」をつけてしまうと「グルメ」という響きと相いれないものになってしまうが、程度の差こそあれ、どの店もそれなりのコダワリ10277818_10203654592274566_1847180232774242930_nをもってやっているようである。

現在のマイタウン二本松市近辺の飲食店は、駅前の一部を除いてたいていが一軒家だ。この「グルメロード」のお店たちのように、少し山の方に行けばオーナーさんの住居を兼ねてるらしいお店も少なくなく、お宅に上がる感じで靴を脱いで入る。座敷で窓外の緑(いまは茶色)を眺めながらまったりしていると、ああこんなところが近所にあって幸せ、移住してよかった、とか思ってしまうわけだ。それが友人とのおしゃべり付きならもっと良し。

ちなみに、靴を脱ぐといえば、こちらでは町中の居酒屋でも入り口で全員靴を脱がされるところが多いような気がする。そして通される先はたいてい座敷なのだが、掘りごたつ式に出会える確率はかなり低い。私は、休みの日はともかく、平日の仕事着としては下半身が隠れる長めのスカートを愛用してきたため、この座敷での宴席が結構つらい。先週は庁外の人たちと懇親会だったのだが、うっかりタイト気味の長スカートで臨んでしまった。いい気になって普段あまり食べない動物性たんぱく質を食べすぎ、途中からお腹がおかしくなったこともあり、畳の上に横座りしているのはかなりしんどかった。最後は初対面の人々を前にかなりしどけない姿になってしまったのだが、なんとも仕方ない。

長いスカートは、実は車の乗り降りにもけっこう邪魔なので、東京仕様のワードローブを、そろそろパンツ中心の福島仕様に転換すべきなのはわかっている。が、そのためにはまず脚を一回り細くせねばならない。グルメロードをはしごしたらその分運動!すればよいのだけども、この寒い時期はどうもねー。ジムとかヨガスタジオとか、そういうものは近所にないし。100%理想的な環境というのは、なかなか難しいもんだ…

人生すべて、周囲の理解とタイミング

先週、こんどは父が入院した。

去年は母が4か月半も入院し、一時は危篤に。その間ほぼ毎週末二本松と東京を往復して、JRには数十万を支払った。ほかにも駐車場代やタクシー代、それに帰省中は自宅で自炊するのとわけが違うから、なんだかんだで食費もかかる。

親に会いに行くのにお金を惜しむわけではないが、現実問題として、離れた場所にいる親の面倒を見るのはそれなりに経済的負担となる。私が地方暮らしの場所に福島を選んだのは、第一にはたまたま仕事があったからではあるが、やはり東京に近いという理由も大きい。これが同じ東北の被災地でも岩手の北の方だったりしたら、おそらく移住には踏み切っていなかったと思う(それに寒いし)。

四十も後半になれば、友人との会話もだんだん自分の健康と親の病気の話題が多くなり、変な時間に電話が鳴れば「いよいよ来たか」と覚悟を決めるようになる。といっても、私が2年前にお試し移住を始めたころは親はまだ元気でいてくれたので、「親が倒れて駆けつける」というシチュエーションは頭ではわかっても現実感は薄かった。

というか、元気だったからこそお試し移住もできたわけで、もし決断が1年半遅れていたら、いま自分は福島にいなかった。こんなたくさんの人に会うこともなかったし、こんなに人へ伝えたいこともなかっただろうし、だからこうしてブログを書いてることもなかっただろう。そういう意味では、あのタイミングで決断しておいて本当によかったと思う。人生、そういうタイミングって何度かあるものだ。

それと、単身移住の可否を決めるのは兄弟の存在。自分の場合、ありがたいことに弟が親の近くに住んでよく面倒を見てくれるので、勝手な姉は「お試し移住」とか言っていられるんです、はい。

幸い、今回の父の入院は大したことなく1週間で帰ってきてくれた。残念ながら親は年取っていく一方なので、これからもあわてて新幹線に飛び乗る機会はあるだろうが、運よく福島にちょうどいい家が買えたら、一度くらいは連れてきたいものだ。

(写真は、正月に実家の近所を親と散歩中に見つけた山茶花)

おひとりさまの家さがし(2)

DSC_1585「蔵のまち」といえば、福島では喜多方が有名だが、実は蔵のあるお宅自体はここ二本松あたりでも大して珍しくない(写真はご近所散歩中に撮影)。ただしそのメンテナンス状態はピンキリで、大きなものだと改造していわゆる蔵カフェになってるところもあるし、住居や倉庫として現役で活躍してそうなものから、完全に敷地内廃墟状態のものまでさまざまだ。が、いずれにしても先祖代々の土地だということはよくわかる。

東京からUターンしたジモティ君に聞いたところによると、イナカの常識として、男子たるもの、受け継いだ土地に建物をひとつ増やして一人前なんだそうだ。一代目で母屋、二代目で離れ、三代目でお蔵。四代目は何を建てるのか知らないが、なにしろ相当広い敷地でなければならない。

さて、私の家探しは、せっかく地方に来たのだから都心では絶対買えない一軒家、が第一希望である。ただし、おひとりさまにとって蔵が建つような広い土地は維持管理が大変だ。余計な税金も払いたくないので、せいぜい敷地は120平米、延床は80平米くらいでよいのだが、そんな「極小物件」を見つけるのは至難の業だということが、だんだんわかってきた。東京都心では、大きなお屋敷が相続された跡地にペンシル3階建てが無理やり6棟くらい建つが、こちらでは分割したとしても一筆が150平米を下回るようなことは、まずないらしい。

まあ、土地が余れば小さな畑でもやるとして、手ごろなサイズのお家が出てくるのを気長に待つ気はあるのだが、新築も中古も、そもそも市場に出てくる物件数が(当たり前だが)東京より断然少ない。ということは数をたくさん見ることができない。

そこで、慣れない一軒家よりまずは経験のあるマンションでローカル相場を勉強することにして、先週末は久々にマンション見学に行ってきた。1つは中古、1つは新築。それぞれの営業マンに聞いた福島県中通り(福島市・郡山市)のマンション事情を、自分の記録がてら書いてみる。(次回につづく)

おひとりさまの家さがし(1)

いわきの話

先月末、いわきに行った。あの常磐ハワイアンセンター(どうしても昔の名前で呼びたい50代)あらためスパリゾート・ハワイアンズがある、いわきである。私の住む二本松から約100キロ。高速で1時間半、下の道なら2時間以上。間違って電車で行こうとすれば半日かかる。東京に行くより遠い感覚なので、仕事の必要でもなければめったに行かない。が、今回は覗いてみたいイベントがあったので、気分転換の一泊旅行にしてみた。

ちなみに、いわき市の久ノ浜というところには母方の遠い親戚が住んでいて、小さなころ遊びに行った記憶がおぼろげに残っている。私が生まれた年=前回の東京オリンピックイヤー時点では、まだ久ノ浜町という独立した自治体があったらしいが、2年後の1966年になんと14市町村が合併して、福島県最大の面積を持つ現在の「いわき市」になったんだそうだ。いまでは原発南側の復興最前線。いわき市自身も大きな津波被害を受けつつ、原発避難者もいちばん多く受け入れている。復旧作業関係者のベースも多い。このご時世に人口が減らずに増えているという、ある意味「特別な」自治体である。

そのいわき市では、いわゆる「復興界隈」のイベントが頻繁に催されている。私が今回覗いたイベントでも、2030代そこそこの若者たちが、被災した地域を元気にしようといろんなアイデアをプレゼンしていた。たのもしいことだ。オバサンにとってもネットワーキングは大事なので、アフターの懇親会にも参加したかったのだが、なぜかその日に限ってめずらしくお腹が痛い。お昼にいわき在住のYさんと久しぶりにランチしたのだが、そのカレーライスがいけなかったのかしらん?仕方ないので予約してあったホテルに戻り、しばらく安静。夜になってトイレに行ったら治った(笑)。(笑)で済んでよかったが、一人旅中に具合が悪くなるほど面倒なことはない。整腸剤くらいは持参しなければと反省。

DSC_1547さて翌朝は、小名浜の観光スポット「アクアマリンふくしま」へ。こちらもしゃれた名前になっているが、要は水族館である。10時前に入場したら、まだ人は少なくゆっくり見学できた。全体に結構見ごたえのある展示内容だと思う。イルカやシャチのショーといった「出し物」はないが、だからかえって動物愛護団体の抗議活動の対象にならなくてすんでいるのだろうか。同じ哺乳類のアザラシやトドはいたけどどうなのかしらん。水族館や動物園についてはいろんな意見があろうが、子供たちに(たぶん大人にも)生物多様性というものを教える教材として、やはり一定の意義はあると思う。「人類は人類だけでは生きられない」ということを学んでこそ、展示されてる生物たちの労も報われるというものだろう。

…などと考えながらじっくり見てたらお昼近くに。いわきと言えばやはり海産物だが、もともと魚介は積極的に食べない上に昨夜の腹痛の記憶も新しいので止めておく。いわきグルメレポートは次回のお楽しみに…

おひとりさまの家さがし(1)

先月、東京から友人が遊びにきてくれた。いや、東京からというのは語弊がある。以前、東京の会社でご一緒した彼女は、いま福岡に住んでいる。が、千葉にあるご両親宅にもときどき滞在しているということで、今回は上野から新幹線に乗ってきてくれた。以前の記事でも紹介したことがある単身移住大先輩のMさんだ。でも、移住といっても彼女の場合は移動型。いかにもノマドらしく、近々また関東圏に戻って茨城あたりに住むかもしれないという。

そんな自由人のMさんと、二本松が誇る岳温泉につかって夕飯を食べ、翌日なにをしたかといえば福島市ツアー。といっても観光バスではなく、私のなんちゃって家探しプロジェクトの第一弾、まずは「土地勘の養成・エリア選択」編である。案内役は、職場の後輩のこれまた独身ジモティ女子Sさん。そのタクシー運ちゃんばりの知識で、市内のめぼしいエリアをくまなく回ってくれた。(ちなみに福島県の県庁所在地は郡山でなく福島。人口29万は県内3位でけっこう地味な存在だが、それなりに都会=写真 ©水村亜里 (MINAMURA)さんよりお借りしました)

私と同様不動産大好きなMさんは、このツアーに大喜びで参加してくれ、道中まったく忌憚のない意見をバシバシ述べてくれる。これが大変ありがたい。「あなたのイメージからいうとこの辺がいい」などわりと非科学的なコメントもあるのだが、場所探しには直観も大事なのはたしかだ。それにしてもMさんの大阪人並みのテンポのいい突っ込み。普通に答えてもボケになってしまう私。ハタから見ると漫才だと思う。

そんなこんなで女3人、しゃべりまくり笑いまくって一日が終わる。女は男は、という言い方は好きではないけど、同じ単身でもやはり女のほうが、他人と群れることで生存を図るサバイバル本能が働いていると、思っちゃうんだな。持つべきものは友というが、おひとりさまの不動産探しこそ友の力を借りるべし。

ついでに書くと、福島県内はピンポイントで不動産市場かなりひっ迫している。新幹線のとまる郡山、福島。沿岸は復興の最前線いわき、南相馬。こうした「人気エリア」は特に、売買も賃貸も市場に出ている物件数が本当に少ない印象だ。

「福島は人口減少がつづいている」というイメージは、県全体としては確かに正しいのだが、福島も広い。場所によって事情はかなり異なる。原発事故後に県外に避難した人たちも徐々に県内に戻ってきているのが現状だ。強制避難の人向けには、早く仮設住宅から出られるように県内に復興公営住宅というのが建設されてるのだが、できるのがあんまり遅くて、業を煮やして自分で家を買ったり建てたりする人もけっこういる。元いたところ(原発に近いエリアとか)には戻れない・戻りたくない人たちが、上の4つをはじめとする一部の市町に固まり始めているっていう感じだろうか。それに加えて、除染・復旧工事関係者はもちろん、私のように復興支援で外から入ってきている人もたくさんいて、いま住宅はまったく「余っていない」のである。

数字を調べずに印象だけで書いて申し訳ないが、売り物件が少ないのは実際に探し始めてみての実感だ。「いい出会い」を気長に待つしかない。人生のパートナーとの出会いには恵まれてこなかったが、不動産との出会いは恵まれてきたのでたぶん大丈夫 ^o^/(自爆オチ)