しんじ君が新しくなりました

愛車しんじ君が二代目になった。こんどはコンパクトながら普通自動車である。

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別に事故や故障で代替わりというわけではない。

先代のしんじ君を郡山のディーラーで購入したのは、かれこれ3年前である。基本、職場と近接したアパートとの往復にしか使わない前提で、迷いなく中古のミニマムな軽自動車を探した。といっても、雪が降るからと四駆にだけはこだわったら意外と選択の余地がなく、新しい冬タイヤ、保険など諸々込みで、10年落ちのダイハツミラでも70万近くかかったと記憶している。もともと約1年のお試し移住のつもりだったから初期費用は抑えたかったのに、すでに最初から予算オーバーであった。

その後、1年限定で応援に入ったはずの自治体の仕事は、請われるまま延長に次ぐ延長で(有難いことに)、気づけば3年近くが経過。途中でマンションまで買ってしまい、その時点で往復10キロだった通勤距離が50キロに伸びていた。加えて人が訪ねてきてくれることも増えて、たまには4人乗せてドライブできるといいよね、とか、たまには高速道路も長時間走れると便利だよね、という、軽自動車にはちょっと苦しい場面が重なってきた。

そこで先月、念願の?プチリタイヤで福島暮らし第二章が始まったタイミングで、しんじ君も普通自動車へと代替わりさせたのである。先代は、購入時点で予算オーバーだったのにこの3年で2回の車検とさらに4回の故障入院。こんなことなら最初から普通自動車の新車でも買えばよかった、と思わないでもないが、人生は予想外の展開の連続だ。致し方ない。

二代目しんじ君はエンジン1300㏄のいわゆるコンパクトカーで、このたびはふつうの前輪駆動車である。この辺たしかに雪は降るが、スキー場などには一切近づかない私にとって、「四駆でよかった」と感じる場面はひと冬に1回あるかないか。四駆はかえって燃費が悪いだけ、ということを学んだ結果だ。燃費にこだわるなら、みんなが乗ってるハイブリッドにしようかとも考えたが(福島には全国平均より絶対ハイブリッドが多い…ような気がするという記事はこちら)、ハイブリッドは中古であってもやはり相対的にお値段が高く、諦めた。もっともイマドキのコンパクト車はかなり燃費がよいらしいので、満タンで職場を何往復できるのか記録しているところである。

ちなみに、私が運転免許をとったのはたしか大学1年だったから、もう30年以上も前のことだ。当時の自動車にはカーナビもキーレスエントリーもなかった。パワーウィンドウすらまだ珍しかったのではなかろうか。3年前福島に来て、必要に迫られてハンドルを握ったのは実に20数年ぶりだったのだが、先代しんじ君の装備はたいへんベーシックだったから、数十年のギャップをまったく感じずに済んだ。

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ところが、今度の二代目は中古ではあるがまだ3歳と新しく、見慣れない装置がたくさんついている。

まずはキーを差し込まないでもエンジンがかかるのに驚いた。カーナビはそれなりに便利と思うが、ギヤをリバースにするとその画面がバックモニターというものに切り替わる。それを見ながら車庫入れするらしいのだが、なんだかなおさら曲がってしまう。全体に「エコ」を意識した車なのは有難いが、リアルタイムで燃費がチラチラ表示されるとかえって気になり、運転に集中できない。ガソリンスタンドで給油ハッチのレバーが見つからず焦ったら、ドアロックを解除するだけでいいそうな(爆)。

…二代目しんじ君と仲良くなるには、もう少し時間がかかりそうである。(そもそもなぜ「しんじ君」なのか疑問に思った方は、こちらの記事をどうぞ

一割のぼやき

このブログは「東京→福島移住日記」なので、基本的には福島での生活のこと、「おひとりさまの楽しい地方暮らし」ネタを書いてるつもりである。実際、いまの生活の9割方はストレスフリーで文字通り楽しいことばかりなのだが、残り1割はそうもいかない。

それはやはり年老いていく親のこと。

お盆も東京の実家に帰っていた。父が先月から入院中。母も昨年の大病から回復しきっておらず、一人で外出もできない。ふだんは公的サービスも使いながら弟がいろいろ面倒を見てくれているが、たまの休みには一人で好き勝手している姉が交代してやらないと罰が当たる。

なわけで、いつもは週末の1泊2日のところ、今回は45日で孝行に努めた。

目的は親孝行でも、東京に帰ったら必ずやるのは、友達に会うことだ。やはり50年近く東京で暮らしてきた間に築いた友人関係は、福島でこの2年余りの間に新しく作った関係よりも、まだ何倍も深くて大きい。

この東京の友人たちは、だいたい同年代である。類は友を呼ぶというのか同類相哀れむ??というのか、仲良しの中には気軽に誘えるおひとりさまが多いが、家族持ちでも子育てが終わって一緒に夜遊びができるようになってきたのが、ここ10年くらいだろうか。でも最近は、誰と会っても話題は圧倒的に親の病気と介護である。

今回は、前々職で一緒だった友人Oさんと半年ぶりに会った。自身の親御さんの入院に加え、だんなさんのご実家が4月の熊本地震で被災されたという。義理のご両親もそれなりにご高齢だから、避難生活は大変だ。東京からそうそう頻繁に行かれる距離ではないが、支援のため数回往復したという。聞けば、航空料金にはいまどき「介護帰省割引」というのがあるが、大して安くならないらしい。おまけにペットまで病気になって手術をしたそうで、「もうたいへん」と言っていた。おカネの問題も含めて、本当に、いろんな意味で大変だよね。

Oさんのように「親が地方、子供が東京」でも、私のように「親が東京、子供が地方」でも、基本的に問題は同じだ。「遠距離介護」でググれば、お役立ち情報がたくさん出てくることも最近知った。ま、東京ー福島は遠距離のうちに入らないかもしれないが。

「遠距離介護日記」ではなく「地方移住日記」という立場で言えば、私の場合、まだ親が元気なうちに地方移住を敢行しておいて良かったとは思う。私が福島を選んだのは第一には仕事があったからだが、こうして親に倒れられてみると、新幹線を使えば日帰りも可能な距離でよかったとつくづく感じる。実際、飛行機でしか行けないところへ移住した友人Mさんは、親御さんが倒れて、結局ご実家の沿線の関東圏に戻ってきた。

このさき私も、自分の都合と親の状態を折り合わせながら、どこに住むことになるかわからない。おそらく二か所居住みたいなことになるんだろう。考えてみれば、遠かろうが近かろうが住む場所を変えたら「移住」である。どんな移住でも楽しめるような、心の持ち方をしたいものである。

それにしても、東京→地方移住を推進するなら、飛行機や新幹線、高速道路の介護帰省割引の充実は必須のような気がするが…

ネットワーキングは嫌い、でも出会いは好き

福島市のマンションに引っ越して2か月になるが、ダイニングセットが届いたのは1週間前だ。それまでは、フロアリングのリビングに小さなちゃぶ台を置いてご飯を食べていた。床に座るのは辛くないので別によかったのだが、さすがにこれではお客さんが呼べない。引っ越してすぐ、福島で知り合った若者3人を呼び、ヨガマットの上に座ってもらって宴会をやったが、ちゃぶ台が小さすぎたため動員した段ボール箱が「貧しい気持ちになる」と評された。やはり、ダイニングを買おう。

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ということで、購入したダイニングはいわゆるソファダイニングというやつ。食事ができる高さのテーブルと、ソファっぽい座り心地の長椅子の組み合わせ。4人掛けダイニングとソファ両方置くにはちょっと窮屈、という住宅事情を背景に生まれた、日本ならではの発明と思われる。

よく言われることだが、和の生活はフレキシブルだ。畳の部屋はダイニングにもリビングにも寝室にもなれる。このソファダイニングは、さすがに寝るのは難しいが、食べるのとくつろぐのは兼用できてなかなかよい。

で、さっそく同じ若者3人を呼んで宴会をした。若者といっても皆さん30代だが、五十路にとって一回り以上違う人々は十分若者である。このブログでは友人の名前をアルファベットの頭文字にしているので、そうしてみたら3人全員がSさんだった。そして全員が、原発事故被災地の復興になんらかの形で関わっている。福島に来なければ、私はおそらく一生この人たちに会うことはなかっただろう。「移住」の楽しさは、そういう新しい友人づくりであることは間違いない。

その前日は、そもそも私が今の仕事に就くきっかけを作ってくれた東京の団体のOさんと、3月まで職場でお世話になったKさんとの飲み会だったのだが、それぞれが初めての方を連れてきてくれて、そこでも新しい出会いがあった。福島生活、ますます楽しい。

自宅を人の出入りの多い場所にしておくのは、おひとりさまにとってある種のリスクヘッジでもあるので(笑…いや真面目に)、新しいソファダイニングにはこれから十分に活躍してもらう予定である。

次は「土地に定着しない家」!

今年のゴールデンウィーク、前半は実家で奉公、後半はおとなり茨城県に小旅行した。なぜ茨城かというと、友人が移住したからである。このブログでも何回か紹介しているノマド型単身移住の先輩Mさんだ。このたび九州から引っ越してきたのは、関東にいる親御さんが昨年病気をされ、さすがに飛行機に乗らないでも帰ってこられる距離に、ということだそうである。

私も先月、新幹線に飛び乗れる福島駅近に引っ越したのは、昨年母が大病を患い、父もだいぶ弱ってしまったことが理由のひとつである。やはり単身移住の諸条件として、親の問題は外せない(だったら帰って一緒に住めばいいじゃないか、というのはまた別の話なのね)。

そういうこともあって、Mさんは年齢も移住歴も先輩だがいろいろ話が合う(と後輩は勝手に思っている)。で、GWは茨城の新居に押しかけさせてもらうことにしたのだ。東京から参加したKさんも加わり、元の職場を同じくする女3人が集まれば話は尽きない。(写真はMさんお手製ごちそうの数々)DSC_0180.JPG

私とMさんで盛り上がった話題は例によって「次の住まい」だが、今回は期せずして二人とも「トレーラーハウス」を考えていることが判明した。

このブログで家探しの顛末の一部を披露した際、「買ってしまったのはマンションだけど次こそ一軒家」みたいなことを書いたが(その話はこちら)、このたびの熊本地震をうけて、同じ一軒家でも「土地に定着しない家」にしようと、思い至ったのである。もともとノマド志向(思考)のMさんもその点で意気投合し、近いうちに展示場を見に行こうという話になった。

もともと家はそんなに広くなくていいし、子供に遺すという必要もない。なにより「移動の自由」は私らのような人種にとっては至上の価値である。先日帰京したとき、久々に大学時代の友人Aさんに会ったのだが、彼女も以前トレーラーハウスを検討したことがあると言っていた。やはり時代の流れじゃないかしらん?

トレーラーハウスにももちろんプロコンあるから、これからゆっくり勉強するつもりだが、ぼちぼち本気で土地を探して還暦から先に備えようと思っている。興味のある方はこちらの顛末もぜひお楽しみに!

福島のマンションにあって東京のマンションにないもの

しんじ君(12歳)の車検がやってきた。ツルツルになってしまったノーマルタイヤを新調して履き替え、諸々パーツを取り替えて、しめて16万円也。軽自動車だからまだこれくらいで済んでいるが、普通車なら20万はかかるはずだ。自動車がなくてはならない地方暮らしになったのだから必要なコストではあるが、自動車税、保険、それに駐車場代もろもろ合わせて割り戻すと、月に2万ほどかかる計算だ。高いなあ。

19歳で免許をとったときは、まだ神奈川県の実家にいた。3歳下の弟も免許をとったとき、2人共用として親に新車を買ってもらい(今から考えれば超ゼイタク)、用もないのによく湘南あたりへドライブしたものだ。しかし当時は車検費用を弟と折半した記憶はないから、おそらく親が払ってくれていたのだろう。父さん母さんアリガトウゴザイマスm(__)m

さて、ノーマルタイヤは新品になったが、3シーズン乗った冬タイヤはどうしよう。買った当時は1年少々の福島滞在予定だったのに、まさかの3シーズン。普通はそろそろお取替えらしいが、私は通勤距離が短いこともあり、ゴムもまだ固くなっていないのであと1シーズンはなんとか行けると言われた。よかった。これで来年の秋までしんじ君は活躍できる!

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ちなみに、このようにシーズンでタイヤを履き替えるとなると、使っていないタイヤの保管場所が必要となる。そこで、福島の集合住宅には、賃貸でも分譲でも必ずタイヤ置き場がついている。移住前、賃貸物件を下見に来たとき、単身者向けなのに物置までついてるなんてすごいな、みんな何を入れるんだろ?と思ったのだが、タイヤでした。

で、このタイヤが結構重たい。極小しんじ君のタイヤでもホイールとあわせて110キロ以上ある。ふつうの物置ならいいのだが、こんど引っ越したマンションは3段ベッド式のタイヤ置き場で、たまたま私の割り当ては最上段。おひとりさまはもちろん全部自分で出し入れしなきゃならない。まあまあ力はある方なので、肩から上へはヘディング技術も使って無事収納したが、高齢者なら真剣に困ると思う。歳とって自分で上げ下ろしできなくなったら、そうだねえ、積んだままにしておくか(笑)

(写真はそのタイヤ置き場。最上段のしんじ君のタイヤはなんだかやたら小さく見える(笑)ちなみに雪かき道具も共用倉庫に必須のお道具。)