本格的ってなんだろ

福島県中通りに住んで丸8年、今日は初めてバスマティライスのビリヤニを食すことができた。

東京から福島県に引っ越して最初のうちは、「本格的な」インドとかタイとかベトナムとかのレストランが恋しかったが、そういうものは東京に帰ったときに食べればいいと割り切って、こちらではそういう飲食店をわざわざ探してまでは行かないようになっていた。

インド料理屋はもちろん郡山や福島には複数あって、私もいくつか入ったことがある。どこもカレーはそれなりに美味しいのだが、ライスといって出てくるのが、さすが米どころ福島、もちもちのコシヒカリ系なのである。いつぞやはサービスのスープですといってみそ汁が出てきたこともあって、これならむしろ焼き魚を出してもらった方が嬉しいかなと思ったりした。

そして、私が知る限りではメニューにビリヤニがあるところはめずらしい。あっても輸入バスマティライスを使ってるところはまずない。と思っていたら、今日ふと見つけたインドレストランにこの看板を発見。迷わず入店した。頼めばベジタリアン対応もしてくれてさらに嬉しさアップ。おかげさまで久しぶりにこの食感を楽しむことができた。

ところが、店のオーナーさん(日本人女性)に聞くと、バスマティライスを使うのはビリヤニだけで、カレーとともに供するライスは福島のおコメだそうである。インド人のシェフさん曰く、日本のおコメのほうがカレーと一緒に食べておいしい、んだとか(笑)。たしかにねぇ、隠し味に醤油なんか使ったあっさり系の「日本のカレーライス」にはコシヒカリだろと思うが、油もスパイスもたっぷりのインド惣菜には、やっぱりパラパラの長粒米が合う気がするんだけどなー。まあ、これも何が「本格的」かという思い込みが半分以上なんだろうね。なにより、経済的にも倫理的にも輸入米より地元産米を使った方が理に適うしね。

それにしてもランチとはいえ、これで800円は福島プライス。写真を見て完食できないと思い、量を減らしてくれと言ったら調節が難しいらしく、多すぎれば残してと言われたが、なんのことはない、心配など無用でぺろりと平らげた。ごちそうさまでした。

オリンピックとお盆が終わって、今週末は川崎に帰省を予定していたのだが、首都圏の感染者数まさかの爆増でさすがに躊躇したところ、母の方から今は来なくていいというので、それならばと福島市内でおとなしくしている。代わりに桃を送れとメールが来た。例年通り7月末には既に1箱送ったのだが、あまりにおいしいから追加で、というご注文だ。

桃には何十種類もあり収穫時期が少しずつ違う、というのは福島に来てから学んだことである。7月に送ったのは「あかつき」で、今から送るのは「幸茜」という種類になるが、桃と言えば生か缶詰かの二択の環境で長年暮らしてきた母に、品種による味の違いが分かるとは思われない(もちろん私にも分からない)。状態がいい「福島の桃」ならなんでもおいしく食べてくれるはずだ。

普段あまり果物を食べなかった父も、一昨年までは桃を送ると喜んで食べていた。昨年の今ごろは3度目の入院中で、口から食べられずに(誤嚥性肺炎のため)点滴だけで生きていたが、見舞いに行くと言ったら桃が食べたいと言う。ダメなのを承知で、小さく刻んだ桃を持ち込み、看護師がいない隙に一切れ口に入れた。そのときの「ああ、うまい」という父の声は生涯忘れない。が、飲み込んではいけないのですぐに吐き出させた。その2か月後、再び食べ物を口にすることなく亡くなった。

今年送った桃は母が仏壇に供える。私も朝食用の桃を買うたび、遺影に供える。あともう少し、桃の時期が続く。

思い出のバターチキン

突然ですが、バターチキンカレー。

ずいぶん市民権を得たものだ。東京あたりのインド料理店業界は、いまや北と南に完全分化するところまで来ていると思うが、そこまで全然追いついてない福島でも、ローカルの人気カレー屋さんが看板メニューで「バターチキン」を提供していたりする。そもそもスーパーにバターチキンのレトルト売ってる時代だもんね。

△本文と無関係ですいません

しかし私は、かれこれ四半世紀前に出会った、とあるバターチキンの味が今もって忘れられない。それは当時ランチでよく行った職場近くのアジャンタでもモティでもなく、今となっては名前すら思い出せない、中目黒商店街の小さな店だった。

私はその頃、川崎の自宅を出て中目黒で一人暮らしを始めたばかり。駅周辺にはまだ高層商業ビルなどなく、駅を出てすぐ長い商店街が始まっていた。当時から小洒落た店もあるにはあったが、全体に、いたって庶民的な雰囲気の漂う通りであった。

その小さな店は、たしか風呂屋の並び、電器屋の向いあたりにあった。開いてるのか休みなのかよく分からない店構え。夜は飲み屋だったのかもしれないが、私はたぶん「テイクアウトのカレー」という文字に惹かれて入ったのだと思う。カレーと言ってもインドの風情は皆無で、カウンターの内には日本人男性が一人。

いくつかのメニューからバターチキンを注文した。あまり愛想のないマスター曰く、「ちょっとお時間かかりますがいいですか」。

私は待った。おそらく30分以上待った。他の客もみな辛抱強く待っていた。

そしてついに来た。待ちくたびれてテイクアウト容器からその場で食べた記憶がある。その味の衝撃は、25年後の今も覚えている。それまで知っていたオレンジ色の油ぎったバターチキンとは、見た目からして違うものだった。

もしかするとあれは正統派のレシピではなく、マスターオリジナルだったのかもしれない。でもそれはどうでも良い。以降も私は各地のインド料理屋で百回くらいは食事しているはずだが、今もってこれを超えて美味いと思った「バターチキン」に出会ったことはない。

でも、いくらおいしくても毎日食べる類のものではない。何やかやで間が空き、次に行ったときには休みではなく閉店していたと記憶する。飲食の商売は、今も昔も継続するのは大変なことだと思う。その後、中目黒駅前も再開発でずいぶん変わった。もう10年以上訪れていないが、商店街の面影など残っているのだろうか…

初めて福島のカレー屋でバターチキンをテイクアウトして、しみじみ昔に思いを馳せた秋の夜長でした。

ごちそうさま

ナス、トマト、キュウリ、インゲン、オクラ、枝豆、トウモロコシ、シソにミョウガ。そして桃。盛夏である。

私が福島に来て最初の役場勤め時代は、とにかく食べ物を頂くことが多かった。出張土産の菓子はもちろん、兼業農家の同僚や釣り好きのご主人を持つ同僚、お菓子作りが趣味の同僚などから、季節の野菜、とれたてのイクラ、プロ顔負けの手作りスイーツ等々。

フリーになったらそういう有り難い職場の頂きものは激減したが、それでも女子会だのなんだので集まると、食べきれないからもらって〜という農産物のおすそ分けは結構頂いた。

そして、コロナで人と会わなくなったら当然おすそ分けもほぼ皆無に。それでも今月は果樹園の手伝いに行った友人からハネ物の桃を1箱頂き、もうしばらく食べないでいいわーというくらい堪能したが、その他の野菜果物はせっせと買い出しに行かねばならない。

新鮮な旬のものが安く買える産直は大好きだが、難点といえばおひとりさまには量が多すぎることである。中でもシソやミョウガなどの薬味系は、ドサっと1袋買ってしまってからハテどうしたものかと悩む。ミョウガなんてスーパーなら3個の値段で20個くらい買えるのだから、使い切れずに捨ててもいいや、とはどうしても思えないタチなので、むしろ薬味から献立(全て酒のアテ)を考える日々が続く。

そこへ先日、SNSの友人の投稿で、叩いた梅干しとミョウガを和えてアボカドに載せるというカンタンレシピを発見。以来、大量のミョウガが見る間に消費されるようになった。(そういえば昔、ミョウガを食べすぎると馬鹿になると聞いた記憶があるが、私の頭くらいでは気にする必要もなし。)

ちなみにシソは、カボチャとナスの揚げ浸しに大量に載っけて爆食いがマイブームである。

75年前の今ごろ、終戦直後の東京。小学生だった母はひもじい日々を覚えている。お腹を空かせて学校から帰ると、カボチャをぐずぐずに煮たものがオヤツだった。調味料がないから味付けもない。薬味どころではない。夕飯はパサパサのサツマイモ一つ。農業の経験のない祖父が小さな畑を借り、見よう見まねで作ったイモだったが、いくら腹ペコでもまずいものはまずい。泣きながら食べたそうだ。

その祖父はまた、家族のために満員電車で食料の買い出しにいった。痩せた身体に満杯のリュックが重く、転ぶと仰向けにひっくり返った亀のように立てなかったが、誰も助けてくれないのが悔しかったという。そんな祖父があるとき、わずかな白身の肉を買ってきた。「今日はごちそうだぞ、これはヘルカという肉だぞ」。みんな喜んで食べた後にカエル肉だと知って仰天したそうだ。

もっとも母の記憶もかなり怪しいから、こういう昔話の細部がどこまで正確か分からない。が、戦後の食糧難、特に生産手段を持たない都会の住民にとってコメや野菜などの基礎的食料の入手が困難を極めたことは確かだろう。それらを売る側の農家が「偉そうにしていて悔しい思いをした」という祖父の台詞は母の脳裏に焼き付いているようだ。

たった75年で世の中こうも変わるとは……ね。今日もおいしいミョウガと梅干しとアボカドとカボチャとナスとシソを頂きながら、しみじみこれを書いている。

冷や汁+甘酒=いいね

昨日の福島市は久しぶりに朝から晴れていたが、入道雲がモクモクと立ち上がった典型的な夏空で、案の定夕方には雷が鳴って雨が降り出した。「天高く」という秋冬の晴天に対して、夏の晴天はたしかに空が低く感じる。本当は見上げる空=宇宙に「高さ」はなく、あるのは雲の高低くらいなのだけど、そういう表現はまことにジコチューな人間らしい。

甘酒冷や汁の朝ご飯

福島県はいちおう東北地方なので東京より涼しいと思われているが、何度もいうとおり福島県は広大である。涼しいのは標高の高い山地と海風が吹くいわき地方だけだ。内陸の盆地である福島市街の夏の暑さは県民の間では有名で、先週はずっと36度超えだった。福島駅前の温度計の40.8度という表示を見てさすがに驚いたが、あれは暑さでセンサーが壊れたのか。

こう暑いとさすがの私も多少は食欲が落ちて、さっぱりしたものが中心になる。最近のお気に入りは冷や汁だ。どこかでそれに甘酒を足すというレシピを見て、やってみたらハマっている。そういえば、福島に来てから甘酒を買う頻度がかなり増えたと思う。東京のスーパーってこんなに甘酒たくさん売ってたかしら?こちらでは、砂糖入りの「まがい物」を除いても、たいてい数種類の甘酒が売り場に並んでいる。先月は手作りのも頂いた。

「飲む点滴」というキャッチーなコピーはだれが考えたんだろう。米麹だけの自然な甘さはまさに「滋養」という言葉がふさわしい。豆乳で割るのは以前からよくやっていたが、味噌とも合うというのは発見だった(考えたら同じ原料だから当たり前か)。他にも探せば甘酒レシピはいくらでもあると思うが、どうも料理のレパートリー拡大を楽しむような性格ではないため、しばらくは甘酒冷や汁のヘビロテが続くと思われる。

あーこんなどうでもいいブログを書いてる暇があったら原稿かけよー自分(ー ー;)


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