突然ですが、バターチキンカレー。
ずいぶん市民権を得たものだ。東京あたりのインド料理店業界は、いまや北と南に完全分化するところまで来ていると思うが、そこまで全然追いついてない福島でも、ローカルの人気カレー屋さんが看板メニューで「バターチキン」を提供していたりする。そもそもスーパーにバターチキンのレトルト売ってる時代だもんね。

しかし私は、かれこれ四半世紀前に出会った、とあるバターチキンの味が今もって忘れられない。それは当時ランチでよく行った職場近くのアジャンタでもモティでもなく、今となっては名前すら思い出せない、中目黒商店街の小さな店だった。
私はその頃、川崎の自宅を出て中目黒で一人暮らしを始めたばかり。駅周辺にはまだ高層商業ビルなどなく、駅を出てすぐ長い商店街が始まっていた。当時から小洒落た店もあるにはあったが、全体に、いたって庶民的な雰囲気の漂う通りであった。
その小さな店は、たしか風呂屋の並び、電器屋の向いあたりにあった。開いてるのか休みなのかよく分からない店構え。夜は飲み屋だったのかもしれないが、私はたぶん「テイクアウトのカレー」という文字に惹かれて入ったのだと思う。カレーと言ってもインドの風情は皆無で、カウンターの内には日本人男性が一人。
いくつかのメニューからバターチキンを注文した。あまり愛想のないマスター曰く、「ちょっとお時間かかりますがいいですか」。
私は待った。おそらく30分以上待った。他の客もみな辛抱強く待っていた。
そしてついに来た。待ちくたびれてテイクアウト容器からその場で食べた記憶がある。その味の衝撃は、25年後の今も覚えている。それまで知っていたオレンジ色の油ぎったバターチキンとは、見た目からして違うものだった。
もしかするとあれは正統派のレシピではなく、マスターオリジナルだったのかもしれない。でもそれはどうでも良い。以降も私は各地のインド料理屋で百回くらいは食事しているはずだが、今もってこれを超えて美味いと思った「バターチキン」に出会ったことはない。
でも、いくらおいしくても毎日食べる類のものではない。何やかやで間が空き、次に行ったときには休みではなく閉店していたと記憶する。飲食の商売は、今も昔も継続するのは大変なことだと思う。その後、中目黒駅前も再開発でずいぶん変わった。もう10年以上訪れていないが、商店街の面影など残っているのだろうか…
初めて福島のカレー屋でバターチキンをテイクアウトして、しみじみ昔に思いを馳せた秋の夜長でした。