詩(のようなもの)

夏の夜

ラジオから流れるプロ野球中継

煙草の煙、車の匂い

工場萌えなんて言葉ができるより30年以上も前の京浜工業地帯の夜景

ブルドッグが涎を垂らすビタワンのネオンサイン

もうすぐお家

もうすぐお家

おばあちゃんちの帰り、お墓まいりの帰り

あるいは若い家族旅行の帰り

心地良く疲れた私たちを乗せて車はいつもの首都高を走る

途中で眠くなる・・・と、「ほら、ビタワンだよ」

もうすぐお家

もうすぐお家

このシーンは二度と再現されない、だって父はもうハンドルを握らないしビタワンはもう無いもん

でも私の記憶は夏の夜のプロ野球中継を聞きながら工場萌えの首都高湾岸線を走る

もうすぐお家

もうすぐお家

いまでもお家

いつまでもお家

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(たまにこういう詩(のようなもの)も書いてます)

明日に

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さぞやご無念でしたろう
さぞやご無念でしたろう
さぞやご無念でしたろう

私はそうして泣くことしかできない
ただの悔しさとは違う
ただの怒りとも違う
無念の言葉の意味を、私は浪江に来て学んだ

さぞやご無念でしたろう

私はそうして祈ることしかできない
無念の魂の安らかなることを
無念の魂に恥じない仕事ができることを
時計の針は明日にしか進まないのだから

浪江町馬場有町長のご冥福を心よりお祈りいたします

(写真は、まだ避難指示が解除されていない浪江町津島地区の桜)


季節がめぐるのは
たまたま地軸が傾いてるから

地震も津波も台風も
人間にとっては災厄
でも、人間以外のものにとっては
ただあるがままの営み

始まりがあるものには
必ず終わりがあることも

たまには虫眼鏡を置いて
望遠鏡を覗きながら涙をながそう