初めて十和田と山形へ行ってきた

ひと月ほど前の話になるが、「大人の休日倶楽部パス」というものを初めて利用してみた。4日間、JR東日本のフリー区間が何度でも乗り降り自由。もちろん新幹線も乗れるし、指定席も6回までOK。それで15,270円であるから、普通の「大人の休日倶楽部ミドル」の5%割引で福島ー東京を1回往復する(16,280円)より安い。だから、これを利用して実家に帰るだけでもお得なのだが、人間とは欲の生き物である。4日間乗り放題と言われると、東京往復だけじゃ勿体ない。どうしても4日間毎日新幹線で遠出しないと損した気がするのだから、我ながら浅ましい。

実際さすがに4日間毎日は無理だったが、2日間を使って、初日は八戸からの十和田往復バスツアーに参加、2日目は山形市内をぶらぶら歩きに行ってみた。どちらも人生初だ。十和田も山形もふつうは雪国のはずだが、暖冬の今年は本当に雪がなく(少なく)、歩きやすくていいような拍子抜けするような、おかしな感覚ではあった。

以下、めずらしくフォトレポートでお届けします。

▲十和田の町中はこんな感じ。1月半ばでこれ?雪マジ少ない。

▲こちらは十和田現代美術館。大変良かった。展示もほとんどが静止画撮影OKなのが太っ腹。

▲奥入瀬の入口も雪はこれしかなかった。例年の半分以下だそうな。
▲馬門岩の氷瀑。雪は少ないけど気温は低く、ちゃんと凍っていた。
▲十和田湖はどこまでも静かであった。このあと星野リゾート奥入瀬渓流ホテルで温泉ひとっぷろ。

▲翌日の山形市。文翔館(山形県郷土館)はけっこう見ごたえあり。なのに無料でこちらも太っ腹。

▲山形市街ほぼすべての植込みに施されていた雪囲いは、この時点(1月中旬)ではまったく不要であった。
逆に、普通の年ならこれほど必須なのねということが知れて勉強に。
▲山形日帰りの目当ては「ひっぱりうどん」。香味庵まるはちさんではちゃんと旅行者向けの「山形づくし」があった。イモ煮、こんにゃく、漬物寿司がセット。大満足。

こういう「お得な切符」が使える年齢になったら積極的に地方へ出かけ、できる範囲でお金を使うことは、ある意味でミドル世代・シニア世代の義務のような気もする。もっとも、往復はJRで現地バスツアーは大手代理店手配、泊まる宿も全国展開の大手ホテル、というのでは地元は大して潤わないわけだが、それでも「人が訪れる」ことで現地にも何某かの効果はあろう。鉄道会社とてホテルチェーンとて、各地域が元気でなければいずれ彼ら自身がビジネスを失う。それが分かっているからこその「お得な」ディールなのだから、使う方もそういう理解で使いたいものだ。

ということで、福島でもお待ちしております!^^

福島で二度目の風邪ひいて考えさせられた

かなり久しぶりで風邪をひいた。たしか前回は6年前の2月、東京から二本松市に引っ越したばかりのころ。東京でも福島中通りでも何十年に一度という大雪が降ったときだったと思う。慣れない雪かきのせいで(?)発熱し、勤め始めたばかりの役場を欠勤した記憶がある。

数日前、このちょっと熱っぽい感じ懐かしいなーなどと余裕をかましながらオ◯ロンの株主優待でゲットしたデジタル体温計を引っ張り出し、左の脇下で測ると36.6度。あら?と思って右脇で測り直したら37.4度。ワタシやっぱり昔の水銀式がいいわ(笑)

念のため近くの内科に行ってインフルの検査をしてもらう。陰性。良かった。でもやっぱり聞かずにはいられない。「先生、あの、例のコロナウィルスに感染してるかどうかは……」

「検査薬ができるのは早くて数ヵ月後だと言われています。できたとしても福島に来るまでにはもっと時間がかかるでしょうね。東京とか人の多いところが優先されますから。あるいは全部中国に送られちゃうかもしれない。だから、福島に届くとして2年後ぐらいでしょうかね」

なるほど、こんなところにも「地域格差」があるのか。検査薬がそうなら治療薬も同じなのかね。まあこの先生が言うことが100%正しいとは限らないが、そういう側面も確かにあるのだろう。むしろアッケラカンとそんなことを言う先生に感心した。

おかげさまでこの度は、37.5度以上になったら飲むようにともらった頓服薬は一度も飲まずに回復した。が、考えさせられた。いよいよ重篤な病気になったとき、いろんなものが進んでいる東京でいろんな最新治療を受けられたほうがいいのか、むしろ何も検査も治療しないで静かに看取ってくれるところを選んだほうがいいのか。

皆さんはどちら?(^^)

(写真は回復直後の爆飲爆食のようす)

こういう世の中についていく

近所につい先日まで正月飾りが残っている家があって、片付け忘れてるなと思ったが、あらためて「松の内」の期間を調べてみると、1月7日ではなく15日までという地域もあるんだそうだ。おもに関西方面らしいが、考えてみればどこに住んでいようと、いつまでお正月を祝いたいか個々人が決めてもなんら差し支えないわけである。

クリスマスツリーだって、手間かけてきれいに飾ったらもっと長く楽しんでもいいはずだし、ひな飾りだってもっと長く眺めていたければそうすればいいのに、節句を過ぎて片付けないと嫁に行き遅れる、などと刷り込まれるのはどういう文化かw(ちなみに我が家ではちゃんと片付けていたが、娘はこうして行きそびれて今に至る)

ところで、この正月は実家で感慨深いものに出会った。ここ数年、弟の家族が持ってくる人生ゲームをやるのが恒例になってるのだが、その人生ゲームが毎年進化する。去年までは、進化するといっても基本コンセプトは同じで、途中で結婚して子供が生まれたり、家を買ったり、職業を変えたりしながら、ゴールした時点での手持ちの資産額で勝負が決まった。ところが今年の「令和版」は根本から違っていた。

もう、お金というものは人生に介在しないのである。勝ち負けは獲得したフォロワーの数で決まるのだ。盤上をコマが進むのは同じだが、どこに停まっても結婚したり子どもが生まれたり事故にあったり、そういう生身の人間のリアルな体験の類は一切しない。すべてはバーチャル空間でフォロワーが何人増えたとか減ったとか、そういう話なのである。

最初はへー面白いなと思ったが、2ラウンド目が終わるころには、去年までの、おもちゃのドル札だの株券だのを数えて盛りあがっていた「旧式」人生ゲームと比べて、なんというか……つまらないなと感じた。もっともそれは昭和三十年代生まれの感想であって、まだ小学生と中学生の甥っ子たちに言わせれば「令和版のほうが面白い」んだそうである。ふーん。今はこういう世の中なのか。

もうひとつ、実家ではまだ宅配してもらっている新聞を広げて目についた、大晦日の全面広告。(写真が見づらい場合はこちらでどうぞ⇒ https://www.kourakuen.co.jp/news/235

私はもともとコンビニの24時間営業やスーパーの元日営業など不要と考える派なので、その通りだと頷きながら読んだ。幸楽苑スゴイぞ!(ちなみに福島県の会社です)……と、最後の一文。31日14時~1月1日全日、全店休業? 休むのたった1日半なの? それでもこんな全面広告出すほどのインパクトがあるのね? ふーん。今はこういう世の中なのか。

全国的に松の内があけて本格的に2020年が始まった。どんな1年になるのやら。今年こそ、身体だけでなく心を鍛えて「こういう世の中」についていくんだぞ、ワタシ!

ふるさと

正月。老親を家に置き、一人になって駅まで散歩する。この道を歩くのは何百回目か。

国道を渡ればすぐ商業地区だ。いつものとおり、暴力団の事務所や風俗店が並ぶ近道を行く。廃業して久しい角の小さなスナック。陽の当たらない路地の極狭の家々。

駅に近づけば元日から営業している飲食店、パチンコ屋。その裏手に積まれたゴミ袋の山。

消えてゆく店。新しい店。特設売り場。イベント会場。街にたむろする大勢の人々。賑々しく、平和だ。私もしばしその中に混ざって、当てもなくウロウロする。

山も川も海もない。うさぎも小鮒もいない。伝統芸能も郷土料理も、母の味すらない。でも私はここで生まれ育った。血のつながった家族がいるのはここだけだ。ここが私の帰る場所。ここが私の「ふるさと」。

--とりあえず。

郷愁という言葉の意味を、私はいまだに想像することしかできないのだった。

今年も一年、心穏やかに過ごせますように。

気づいたらこうでした

師走が来た。年が明ければ福島県に来て丸6年になる。もとはと言えば1年少々の「お試し地方暮らし」のつもりだったのにねえ。まあ、「復興支援」の文脈で東北にやってきた人々の間では、決して珍しくないパターンではある。6年のうち3年2か月は公務員。フリーランスになってからは、早や2年10か月だ。

先日、中小企業庁から「商品または役務(サービス)を提供している事業者」宛ての調査票が届いた。あら、誤配かしら?と思ったが、そういえば私は個人事業主という立派な「事業者」なのであった。 フリーランスというカタカナ英語にはなぜかある種のオチャラケ感がつきまとう(ような気がする)が、事業主を英語で言えばビジネスオーナー。そうか、私って起業したわけね? しかもいちおう移住組だし。いま流行りの「移住起業者」ってことじゃん、ワタクシ。

主に首都圏から「移住して起業する人」を、地方自治体はどこも「起業型地域おこし協力隊」などの名目でたくさん誘致・育成しようとしている。ただ呼ぶだけでなく、物心両面のサポートの仕組みを充実させているところも多い。でも私は基本ぜんぶ自力だったよなー(笑)

もっとも、フリーライターなどという仕事は雇用も生まないし、仕入れもしないし、人も呼ばないし、地域経済への貢献はミニマルだから、行政としては支援してまで増やしたい人種じゃないのかもしれない。移住して、「起業もいいけど何より子ども産んでほしい」というのが自治体の本音ならば、四十路五十路の移住者はなおさらノーサンキューなのだろう。

だけど、若くて元気な20-30代の起業志望者以外にも、私のような世代の「気づいたら移住起業者」予備軍のサラリーマンは、大都会には数多いるはずだ。まだ引退するには早いが、宮仕えはもう卒業したい、そして経済的にプチリタイヤも可能な(=収入が多少減っても何とかなる)層である。

ワタシら、たとえ域内生産の足しにはならなくても、 たとえ長期の人口減少対策には寄与しなくても、 ここで暮らせば消費もするし少ない収入なりに税金も払う。まだけっこう残っている気力体力能力を使って、多少なりとも人の役に立つことができるかもしれない。地方創生も、もうちょっとそういう予備軍をターゲットにした政策があってもいいんじゃないかしらん?(もちろん、プチリタイヤどころかちゃんと会社を作って正真正銘起業してる中年移住者だっているが、それを目指すのはかなりハードルが高い。そこまで行かない私のようなフリーのユル起業も含めればもっと裾野が広がるはずという意味だ)

ってこれ、ミッドライフクライシス世代の一種の僻みかしらね(笑)

(写真は郡山のカフェBranch にて)