プータローとはなにか

なんだかんだで3年間もお世話になった福島県浪江町役場に、先月末、こんどこそホントにさよならを告げた。最初は1年のつもりだったのが、延長、延長また延長。その間少しずつ身分が変わったり部署が変わったりしたため、そのたびに送別の花束やプレゼントをいただき、もはや餞別泥棒と呼ばれても返す言葉がないところまで来ていた。が、これでホントに最後だ。

壽とお花.JPG3月30日、町の一部で6年ぶりに避難指示が解除されて、4月1日から役場機能の大半が二本松の仮事務所から元の本庁舎へ戻った。職員もみな、二本松市やら福島市やらへ避難していたのが、役場と一緒に町に帰っている。とはいっても、町を出てすでに6年。避難先に家を買ったり建てたりした人も多いし、一方の浪江町内にはまだ学校もなく、店もほとんどないから、家族連れで帰るという選択をした職員は少ない。ほとんどが当面は単身赴任だ(奥さんが一人で帰っているというパターンもある)。

震災後に採用になった職員の中には、もともと浪江の出身でない人もいる。彼らにとってはこのたびの引越しは「帰還」ではなく、浪江への「移住」ということになる。私もその一人だったのだが、いつかこの日が来たとき一緒に「移住」はしないと決めていたので、このタイミングでホントのさよならになったわけだ。

ということで、今月から晴れて100%フリーランス(プータローともいう)の生活が始まっている。

と書いてみて、待てよ、そもプータローの定義とは何ぞや?という疑問が湧いた。ググってみると、おおむね「働こうと思えば働けるのに無職でいる者」の総称のようである。じゃ、無職者って何か?会社にお勤めしてないということか?そしたら自営業はみんなプータローだ。労働の対価として現金収入を得てない人のことか?じゃ専業主婦はみんなプータローだ。

調べるとNHKのサイトに「なるほど」という記事が載っていた。それによると、プータロー(風太郎)とは元来、定職に就いていない日雇い労働者のことを指す言葉だったそうだ。このオリジナルの定義に従えば、やはりフリーランスとプータローはニアリーイコールとして問題なかろう。私の場合、僅かながら不動産収入という「定収」があるが、これは基本的に不労所得であるので定義は外れまい。

さて、毎日決まった時間に起きて決まったところへ行かなくてもいいとなると、人間どれだけ怠惰になれるものか?まだ始まったばかりだが、自らの性分が露わになってくる過程を面白がっているところである。(つづく)


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書いておきたかったこと

またあの日がやってきた。

このブログは、お気楽おひとりさま移住生活 in 福島を綴る日記なので、震災とか避難とか放射能の話は普段ほとんど触れていない。けれども、私がそもそもこちらに来るきっかけは、やっぱり東日本大震災と原発事故だったし、いまでも避難してる自治体の手伝いとか、強制避難が終わってもこんどは超過疎・高齢化の中でがんばってる若者の手伝いとかしてるし、そういう意味では震災と事故があったからこそ引き続きこちらで仕事にありつけているという面もあるし、だから私にとって3月11日は、巷でいう単なる「××周年」よりも、もうちょっとだけ意味がある。だから今回だけは、このテーマで書こうと思う。

DSC_1079全町避難の浪江町役場に期限付きの支援に入って丸3年。今月末はいよいよ、町の一部で避難指示が解除される。3年前は、解除目標の「平成29年3月」なんて永遠に来ないような気がしたし、私自身もそのころまで福島にいるとは思わなかった。でも、今年の3月11日を福島で迎え、6回目(私にとっては4回目)の町の追悼式をここで見て、まもなく(たとえ一部でも)避難指示が解除される日に立ち会うことができるのは、これもご縁というほかない。それを見届けて、私の浪江町役場でのお手伝いはひとまず終わる。

福島に来るまで四半世紀の仕事人生、基本的にはずっと「稼いでナンボ」の世界で生きてきた。その世界の住人が国の経済を引っ張っているのは事実なのだが、しかし世の中には「稼いでナンボ」のロジックだけではどうにもならない現実もある。公というのは本来、そういう部分を担うものだと思う。

自分がまさか公務員になる日がくるとは思わなかったが、この3年間ほんとうにいい経験をさせてもらった。私自身は住民と直接やりとりする場面は少なかったけれど、地方の町や村、つまり基礎自治体の職員というのは本当に住民に近い。職員も窓口に来る人たちも、お互いみんな顔も名前も知っている。それなりの息苦しさはあったかしれないが、やはりのどかな田舎だ。都会の、それこそ生き馬の目を抜くような競争社会と比べれば、地方の小さな町役場など「のんびり」と表現して差し支えない職場環境だったと思う――あの原発事故が起きるまでは。

この6年間、国がいかに立派なお題目を並べようと、現場で踏ん張り、末端の人々の暮らしを支えてきたのは、紛れもなく、浪江町をはじめとする基礎自治体の職員たちである。自ら被災しながら、各方面の板挟みになりながら、住民にとっての「最後の砦」を自覚して、ここまでやるかというくらい身を粉にしている。私は3年間それをこの目で見てきた。

復旧・復興で町の予算は震災前の何倍にも膨れ上がっている。予算を執行するには人手が必要だ。ただでさえ業務量が増えているところに、選挙だ調査だシステム変更だと国政レベルのイベントが容赦なく降りかかる。避難指示が解除されて町内の本庁舎に戻るとなれば、またしても家族と離れ離れになる職員も少なくない。神さまは彼らにどれだけ試練を与えれば気が済むのかと思う。

敢えて言う。「復興」にどれだけ予算をかけても、この地域に被災前と同じ人口が戻ってくることはないだろう。経済合理性を最優先すれば、費用対効果論が出てくるのは当然だ。私の中に残っている「東京人」は、その発想にも大いに賛同する。しかし、ここに生きる人たちの顔と名前を知ってしまった「こちら側の私」は、もう「あちら側」には戻れない。そして、たとえ被災地が元通りにならなくても、新しい現実は日々確実に生まれているのだ。

誤解のないように付け加えると、私が仕事で接する地元の人たちは、役場の人もそれ以外の人も含めて、みな明るい。そして、いい意味で淡々としている。人間、何かものすごいものを突き抜けるとそうなるんだろうか。むしろ、外から「支援」に来たはずの人のほうが精神的に不安定になったりして、支援者の支援というのも本当に必要だなと思う。最近知った「共感疲労」という言葉には、私自身も思い当たることはある。けれども、幸い根が思いつめるタイプではないのと、周囲の人に恵まれたおかげで、私個人のlife in fukushima は今のところ楽しくてしょうがない。不謹慎と言われようが、実際に来て住んで楽しいという人が増えなければ、福島の将来はないこともまた事実であろう。(もっとも、私の生活圏は役場の避難先・二本松市と住居のある福島市の周辺であり、避難区域となった被災地からは遠く離れてはいるが)

このタイミングで福島に来たのは、私の人生でベストの決断だったと断言できる。あのまま東京で仕事を続けていたら、一生出会うことのなかった人々と出会い、知ることのなかった価値観を知り、見ることのなかった世界を見ることができた。その意味では、私は大震災と原発事故に感謝すらしている。

あの日あのときここにいなかった私は、語り部にはなれないという意味で「当事者」ではないし、なる必要もない。しかし「知ってしまった者」の責任はある。いろんなバランスをとりつつ、もうしばらくlife in fukushima を続けようと思っている。

直接死も関連死もふくめ、すべての犠牲者の方々のご冥福をお祈りします。合掌。


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国保税の通知を見て卒倒しそうになった件について

30年ちかいサラリーマン生活の間、「平日の休み」というのはゼイタクなものであった。これまででいちばんのゼイタクは約3年前、前職を辞めて復興庁の任期付き職員として全町避難中の自治体に派遣されるまでの、2か月間の有休消化である。その間に新天地で物件を探し、引越しし、車を買い、土地に慣れるため周囲を探検し、合間には京都にも旅行した。それでも最後は時間を持て余してしまったので、新しい勤め先となる役場に2週間ほど早く「ボランティア出勤」させてもらったのだった。

リタイヤ移住でなく転職移住であっても、こうして間にバッファ期間が長くとれたことで、身体的にも心理的にもかなり楽だったと思う。有休をたくさんくれた前の職場には大感謝である。考えてみれば給料をもらいながら休暇がとれるなんて、まったくサラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ(by 植木等)。無論、過労自殺を引き起こすようなブラック企業は問題外だれども。

DSC_0664さて、9月末、そのサラリーマンを半分卒業して週3日のパートになった。自由になる時間が増えたのと引き換えに、有休はもちろん、勤め先に半分払ってもらっていた年金や健康保険など、フルタイム宮仕えの特典をすべて手放すことになった。

もちろん承知の上である。承知の上ではあったが、実際に福島市から徴収の通知がくると、なんとも心が乱れてしまう自分がいた。住民税も年金保険料もはじめから額はわかっていたが、天引きされるのと自分で銀行からおろして払込票を書くのとでは、なぜこうも負担感が違うのであろうか(笑)

そして健康保険税に至っては、まったく青天の霹靂であった。もちろん、労使折半がなくなることも、加入していた公務員共済は料率が低かったことも知っていた。だから大よそ2.5倍目安で想定していたのだが、届いた通知にびっくり仰天。1回の支払い額がいきなり6?!?!

少し冷静になったら、6か月分を4回に分けて払うので1か月分に直すともう少し減ることに気づいたが、それでも想定を大きく上回る4倍弱である。なにかおかしいんじゃないか?と思い、納付書に同封されている書類の、ふだんは読まない小さい字をたくさん読むと、そうか、国保の場合は(当月のお給料ではなく)前年度の所得が基本になってるのね…

考えてみれば他にベースになるものがないから当たり前なのだろうが、サラリーマン一筋の私にとって、恥ずかしながらまったく新しい情報だった。そして私の前年度の所得は、たまたま東京のマンションを売却したため一時的にかなり膨らんでいたのである。サラリーマン卒業と引き換えに手に入れたゼイタクである「平日昼間の自由時間」を利用して、念のため市役所に電話で確認したが、やっぱりそういうことであった。

うーむ。あと半年、年度末まで卒業を待てば30万も負担が少なかったのか…。ま、その気になって調べればネット上にいくらでも情報はあるのに、調べずに今ごろビックリしてもしゃーないわな、これは。

しかし、だからといってこのタイミングでパートになったことを後悔しているかというと、まったくしてないのであーる。Life in Fukushima第二章「プチ・リタイヤ編」は、これからが本番だもんね。^o^/ 

(写真は福島市内を流れる荒川の河畔。川沿いの遊歩道をよく散歩するが、先日たまたま、普段は歩かない方まで行ったらこのサインを見つけた。近くを通る新幹線の乗客に向けたものかと思うが、車窓から気づいたことはないなぁ…)

はじめての、別れの季節

大学を卒業してから、東京での宮仕え四半世紀の間、4月~3月という日本の一般的な年度サイクルとは無縁の生活をしてきた。勤めたどの会社も、会計年度の始まりは6月とか1月とかだったし、一斉に新入社員が入ってきて、一斉に定年退職者が去っていくという職場も経験したことがなかった。人は年中出入りしていたから、もちろん送別会や歓迎会はあったが、ごくシンプルなものだった。

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それが、福島に来て小さな町役場というところで仕事をしてみて、日本では3月が別れの季節なのだということを改めて実感している。

昨日は、役場を定年退職する人たちや他自治体などから1~2年の任期で派遣されていた人たちへの感謝状贈呈と送別の会があった。送別会というのは飲み屋でやるのではなく、卒業式のようにちゃんと「送る言葉」があり、送られる一人ひとりが挨拶をする正式な行事だ。定年退職者の中には、39年以上勤めあげた人もいる。さぞやいろいろな経験をされてきただろう。特に震災以降の5年間の苦労、最後が全町避難中の仮庁舎でのお別れとなったのは、本当に気の毒だと思う。役場で3月を迎えるのは実は3回目なのだが、今年は少し違った。挨拶を聞いていて、涙が出たのはそれこそ卒業式以来だった。

福島のこのあたりでは、梅と桃と桜がいっぺんに咲く。木蓮のつぼみもだいぶ膨らんできた。別れがあるからこそ、花々はいっそう愛おしい。

3回目のホワイトデー

さて、311日が過ぎた。アニバーサリーを目がけたマスコミ狂想曲もやっとおしまい。全町避難している自治体の広報手伝いという仕事柄、時間的には大したことなくても心理的には結構拘束された1か月であった。大震災・原発事故については個人的にいろいろ思うことはあるが、このブログのテーマではないので置いておく。まあ一つ確実に言えることは、それでも人々の生活は続くということだけだ。

で、狂想曲のさなかにバレンタインデーが来て、アニバーサリーが終わってすぐ、ホワイトデーが来た。

バレンタインにはちゃんと課の女性陣みんなで、男性陣みんなにチョコを贈った。といっても私は参加費を払うだけだが、去年も一昨年も、福島で仕事を始めてからは毎年そういうことになっている。まことに日本らしい。バレンタインに男の人にチョコを贈るなんて、たとえ義理でも何十年ぶりかで、最初はちょっと可笑しくなった。が、ここで「外資系長かったんです」ヅラして「そもそもバレンタインてさー」とか水を差すような話をするのはナンセンスである。むかーし一度だけ、転職したての職場で女性陣からチョコ購入費の集金袋が回ってきたとき、若気の至りで「そういう無駄はやめましょうよ」と一蹴し、一人だけ参加しなかった。なのにホワイトデーのお返しは私の分まで頂いてしまい、私はそこで世の中の条理というものを学んだのである。

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今年のバレンタインも、お誘いいただいたからありがたく参加した結果、本日のホワイトデーでは複数の方から1週間分にも相当するお菓子を頂戴した(写真はすでに2つ3つ消費した後)。だいたい女子のほうが数が少ないため、確実にプラスのリターンが見込める投資ではある(笑)

しかし、普段からお土産などで甘いものをいただく機会が多いところへ、このホワイトデー。ダイエット中ですからとお断りするのも失礼だしね(というかウソだしね)。歓送迎会シーズンも控えてるしね。春に向かって代謝が上がることを期待しよう。季節はめぐるのだ。