フクシマのはなし

なぜ福島第一は「福島」第一なのか

先月から福島市の観光案内所でパートをしているのだが、先日、外国人旅行者から言われたこと。

「なぜ、福島第一原発は『福島』第一原発というのだ?」

なぜって、そりゃ福島県にあるからですよ。

と言ってみてからハタと気づいた。他の原発を考えてみると、泊原発(北海道)、女川原発(宮城県)、柏崎刈羽原発(新潟県)、浜岡原発(静岡県)、川内原発(鹿児島県)、福井県なんて4つもあるが、第一、第二、第三、第四でなく、敦賀、美浜、大飯、高浜とみんな立地市町村の固有名詞だ。

「福島」と同じく都道府県名を冠しているのは、松江市にある「島根原発」だけのようである。

その旅行者が言いたかったのは、福島という名前が付いていたがために、あの事故の記憶と「風評」は永遠に福島県全体と結びつけられちゃうぜ、ということらしい。

なるほど、そうかもしれない。もしも第一原発が柏崎刈羽式に「双葉大熊原発」、第二が「楢葉富岡原発」とか命名されていたら、カタカナの「フクシマ」は生まれていなかったんだろうか。

なぜそう命名されなかったのか、ちょっとググったくらいでは出てこなかったので、だれか知ってる人がいたら教えてほしい。

なんにしても、新しいことを始めると小さくても新しい発見があるのがよい。ボケ防止には必須である。

(写真は2017年1月に現地で撮った看板)

広告

ひろしまとふくしま

先々週に行った広島旅行の話を書く。

広島は20年くらい前にも出張でいちど訪れたことがある。そのときは原爆ドームをチラ見しただけで観光する余裕はなかったが、今回は2時間かけて原爆資料館を見学し、翌日は厳島神社のある宮島でほぼ一日過ごした。どちらも世界遺産だ。

原爆資料館は圧巻の内容だったが、東日本大震災被災地の人なら、原爆投下後の焼け野原と津波の翌朝の光景をダブらせる人は多いのではなかろうか。そして、福島に住む者としては「被ばく」という言葉にも敏感にならざるを得ない。原子爆弾による被爆と、原発事故の放射性物質による被曝はまったく違う次元のものだが、世の中一般、なんとなく一緒くたのイメージになっているような気がする。どちらも繰り返してはいけないという点においては同じなのだが。福島県双葉郡にもできる東日本大震災・原子力災害アーカイブ施設はどんな内容になるんだろう。

ところで、東京や京都だけでなく日本全国で外国人観光客が激増しているのは知っていたが、広島も例外ではなかった。へぇと思ったのは、欧米系が多いことだ。私が原爆資料館を訪れた時は、見学者の9割方が外国人、そのうち7割くらいは東アジア以外の人々だったと思う。宮島には日本人のグループも多かったが、それと同じくらいの外国人もいて賑わっていた。

広島市内に2泊の後、そこからローカル線で1時間半余りの尾道にも1泊。お目当ての絶景ルート「しまなみ海道」の一部を走った。走ったといっても、自動車ではなく自転車である。ここでも、ドライブではなくサイクリングしているのはやはり外国人が多かった。「サイクリストの聖地」を謳うだけあって、ルートも各種サービスもすばらしく整備されている。

わが福島市もオリンピックを控えてインバウンド増加を意識しているようだけれども、残念ながら実感として市内の外国人客数は文字通り桁違いに少ない。ま、市内に2つも世界遺産を持つ広島市と比べてがっかりしてもナンセンスだから、福島市は独自のニッチを行くしかなかろう。

福島市の売りといえば花と温泉と果物と磐梯吾妻スカイライン(吾妻山と浄土平)だが、はっきり言って「美しい自然」はどこでもある。花も果物もシーズンが限られるし、食べものには好き嫌いもある。スカイラインだって冬季は閉鎖だ。日本人は人間なら誰でも温泉好きと思っているが、湯船に入る習慣のない国も多い。

ということで、マスを相手ではなくリピータ―獲得狙いのほうが正しい気がするのだが、いかがかしらん。噛むほどに味わい深い地味なふくしま。外国人の前に日本人も来てもらわないとね。

ももりん、がんばろね

「開いててよかった」

コンビニの24時間営業見直しが話題になっているが、私の身近には数年前からずっと”時短営業”してるコンビニがある。

2014年夏、(原発事故のため)まだ全町に避難指示が出ていた浪江町で小売店の再開第一号としてローソンが開店した。私が浪江町役場に入職して1年目のことだったからよく覚えている。

避難指示とは、日中の立ち入りはOKでも寝泊まりはできないということ。除染や復旧作業などで町で働く人々も、夕刻には町外に出なければならなかった。そのローソンも当初たしか午後4時くらいで閉店してたと思う。それでも昼間町内で飲み物食べ物が買える!というのは素晴らしく有り難いことであった。

私の勤務先は役場の(避難先の)二本松事務所だったので、別に普段の生活に不自由があったわけではない。が、たまに仕事で浪江町へ行ったとき、ローソンが再開する前は、小腹が空いても絆創膏を買いたくてもお金を下ろしたくてもガマンしなければならないという経験をした。ローソン再開後も、うっかり閉店時間に間に合わないと同じことだった。

浪江町はその後一部で避難指示が解除され、人が住めるようになっている。店も少しずつ増えてきた。現在の居住人口は1000人足らずのようだ。が、2店に増えたコンビニは現在でも夜8時に閉まる。

不便だろうか?おそらく。

でも個人的には、あのとき「ガマン」という経験をさせてもらったことを有り難く思う。

欲しいものが欲しいときに手に入らなければ、あるもので済ませる。手に入るときまで待つ。幸いなことに私はそれで飢え死にする状況にはない。

「開いててよかった」の意味を心底理解できたことに感謝。

今日から始まったこと3つ

今日から始まったこと(その1):桃の花摘みバイト。友人の実家の果樹園でバイトさせてもらって早3年目。くだもの王国である福島市に引っ越して3年経ったということだ。草花も樹木も、花を咲かせるのは1年に1度だけ。今の私にとっては桜より桃のほうが季節の巡りを感じさせてくれる花である。

剪定で落とした枝を2,3本もらってきて活けた。きれいだなと思うのは私が短期のお気楽バイトだからであり、これが桃農家なら「家に帰ってまで見たくない」のかもしれない(笑)。

WUVJ3126 (2)今日から始まったこと(その2):福島第一原発の3号機で使用済み核燃料プールから燃料取り出し。19時の全国ニュースで一応やってたけど、今度は世の中あんまり騒がないみたいだ。5年前の4号機の燃料取り出しのときは、危険すぎる!絶対失敗する!みたいなのが国内外からいっぱい発信されていたのにねぇ。なぜ覚えているかというと、私がちょうど浪江町役場(の二本松事務所)に応援に入る予定の最初の1年間が、4号機の取り出しの1年間と重なってたから。あれだけ騒いで不安を煽っておきながら、無事終了したときには大した報道もなかったと思う。

そういえば、(除染で出た廃棄物を搬入する)中間貯蔵施設の用地買収がなかなか進まないというニュースも、3年くらい前までさかんに報道されていたと記憶する。2300人いる地権者のうちまだ数パーセント?どうすんのこれ?と絶望感を煽られるような気がしたものだが、いつの間にか買収の契約済みは7割を超えている。ちゃんと「その後」も報道してほしいよねと思うが、それも私を含めた視聴者・読者の関心を反映しているだけと言われればそれまでだ。

今日から始まったこと(その3):これはオマケだけど、自宅の春夏用ワークスペース。秋冬はエアコンのある南向きリビングの一角で仕事しているが、暖房の要らない時期は北側の部屋に置いた本来のワークデスクに戻る。5日前には満開の桜にうっすら雪が積もった福島市内だが、明日からは最高気温が20度超えらしい。

季節は巡る。そして生き物は出来事を忘れ、歳をとる……

初めての宇都宮ギョーザと初めてのタンマガーイ瞑想

おそらく人生で初めて、宇都宮駅で降りて(といっても駅ビル内だが)餃子を食べた。焼き餃子のほかに水餃子、揚げ餃子、さらにパン粉をつけたフライ餃子というのもあった。わが福島市にも円盤餃子という名物があるが、円盤状に並べたプレゼンテーションを可能にするためには「焼き」しかない。さすが餃子のまちを標榜する宇都宮。バリエーションにも工夫があるようだ。久しぶりの肉食で翌日の腹下しを若干恐れつつも、ご当地モノは頂かねばならぬ。水餃子と焼き餃子を食したら、ふつうに美味かった。

惜しむらくはビールが飲めなかったことである。運転する予定があったわけではない。その日の夕方から2泊3日でタイ国のお寺さんが主催する瞑想合宿に参加することになってたのだ。

宇都宮からローカル線に乗り換えて30分、そこから車で10分ほど。ゴルフ場に囲まれた昔の温泉ホテルがいまは「タイ瞑想の湯」という施設になっている。一見ちょっと怪しげな名前だが、タンマガーイ寺院という世界30カ国以上に別院を持つ立派なお寺の運営で、オレンジの僧衣をまとったタイの出家僧たちが瞑想指導してくれる。

といっても、ここは私が自分で見つけたのではない。友人Kさんに誘われて初めて、日本にこんなものができているんだと知った次第。

マインドフルネスとかメディテーションというのは世界的に一種ブームになっているらしいが、日本人が瞑想といったらまずは座禅のイメージだろう。あるいはヨガマットの上で脚を組み、目を閉じて座っているモデルさんの写真もお馴染みかもしれない。私も両方とも体験してみたことはあるが、たいてい眠くなるか脚がしびれて集中できないかのどちらかだ。それへの対処方法の説明もなんだかピンと来なくて、自分から瞑想合宿などに参加しようと思ったことはなかった。

今回、誘われるまま予備知識もなく参加した合宿だったが、結論からいうと、このくらいゆるい感じならいいかも!である(笑)。もちろん南伝仏教の僧侶の戒律は厳しい。けれどもこのタンマガーイ瞑想法の指導そのものは、どんな座り方でもいいし、途中で動いてもいいし、初心者は眠くなったら眠ってもいいという。 むずかしい呼吸法もないし、やたらビジュアルなイメトレのようなことも言わない。 「じっと動かないことが瞑想ではない」「眠ってしまっても、覚めたらまた始めればいい」というのが、なんだか目から鱗であった。

ひたすら心身を緊張から解放し、飛び回る心を徐々に身体の中心に鎮めていく。最後は自分と他の全てのものの幸せと悟りを願う、いわゆる慈悲の瞑想である。これを指導するお坊さまたちがみな柔和でとっつきやすい感じ(といっても女性は触れてはいけないが)なのも、また心地よい。

ついでにいうと、南伝仏教は(日本の大乗仏教諸派よりも)インドの初期仏教に近いはずなのになぜ仏像を礼拝するのか、私は自分で調べもせずただ疑問に感じていたのだが、これもこの機に聞いてみたところ、「神のような存在としてブッダを拝んでいるのではなくて、私たちはブッダが発見した真理を学ぶのだから、先輩として、先生として敬意を表しているのだ」という答えをもらって誠にしっくりきた。

心配した夕飯抜き(寺では正午以降は食べない)も意外につらくなく、かえって朝は身体がすぐ動くということも発見。そして、たった1日半だがスマホの電源を切ってプチ・デジタルデトックスできたのがよかった(したがって写真もない。芝桜の写真は、2日目の午後にみんなで散歩した芝桜公園でスタッフさんが撮ってくれたもの)。わずか2泊3日で何が変わったというわけではないが、なかなか興味深い体験ができ、誘ってくれたKさんには感謝である。

同寺院の東京の瞑想センターでは毎日のように瞑想指導があるそうだ。こういうのが福島にもあったらなあと思う。この8年間、いろんなことがあって人々の感情が大きく揺れ動き、心の中に悲しみだけでなく多くの無念・悔しさ・怒りが澱のように沈んでいる。それを解きほぐして洗い流すには、ストイックな禅の瞑想やヨガ体操系の瞑想もいいのだろうが、こういうだれでもできる穏やかな調心のアプローチこそ有効なように感じる。

そんなことは自分がこの瞑想で悟りを開いてから言え、なのかもしれないけど。

1 2 6