徒然なるままに

送られてくるはずの翻訳原稿が遅れ、同行取材の予定だったイベントがキャンセルになり、確定申告の準備をするにもまだ書類がそろわず、今月から受講スタートした出版翻訳講座の課題も再来月分まで終えてしまい、明日からまた福島市内大雪だというので昨日のうちに買い出しも済ませてガソリンも入れたし、箱買いしたトマトでじっくりソースをつくり、袋買いしたリンゴでじっくりジャムをつくり、久しぶりに日経を隅から隅まで読んで、これから日本もいよいよ本格的に物価が上がるのかなーと漠とした不安を抱く中年フリーランスの越冬生活。

先月、出張取材に行った先の宿で、思いがけず20代前半の男子と夕食を共にする機会があった。どういう話の流れだったか覚えていないが、昭和生まれのおばさんは息子のような歳の彼に、「あなたは生まれてからずっとモノの値段は変わらないものだと思っているだろうけど、30年くらい前までは日本も高度成長期といってモノの値段が倍々ゲームで上がっていった時代があったのだよ。50年くらい前、私の家の近くの路面電車の運賃は子ども5円、大人10円だったのだよ。それがまもなくバスに変わり、大人料金が20円、50円、100円、そして現在の210円、つまり21倍になるまでに20年とかからなかったのだよ。もちろんその間に平均的な月給も同じくらい上がったんだけどね」と説いて聞かせたのであった。(相手はいい迷惑だったであろう)

「これから必ず金利は上昇しますから」。2004年に私が住宅ローンの借り換え(変動金利→固定金利)をした先の某都市銀の担当者は自信ありげに言っていたっけ。あれから18年、金利は上がるどころかゼロ付近に張り付いたままだ。「いまの東京の不動産価格はあきらかに異常です」。2015年にそのマンションを売ったときの担当営業マンのセリフも覚えている。私もまったく同感で近いうち下落すると思っていたが、7年後の今は値崩れどころかさらに輪をかけた「異常」水準となっている。(都心に限るが)

ずっとこのままの訳がない。と分かってはいても「変わらない」ことに慣れてしまうと人間は変われなくなる。もっともいまの「普通」はたかだか20-30年の話で、人は人生100年のうちに何らかの形で必ず社会経済の激変を経験するんだろうと思う。せめて足腰は鍛えておかねば……

(ときどき日々の雑感を「徒然」と記す人がいる。私もそういう使い方をしてしまいそうになるが、正しくは「やることがなくて手持ち無沙汰、退屈」の意味だそうだ。まさに本日は徒然なるままに日ぐらし、パソコンに向かいて、心にうつりゆくよしなし事をそこはかとなく書きつくれば、こんなものが書けましたmm)

【写真:先週取材で訪れた福島県双葉町。東日本大震災の復興祈念公園が絶賛整備中。町にはまだ人は住めない。町の一部で6月以降に避難指示が解除される予定というが、11年以上も帰れなかった後でさあどうぞお帰りくださいと言われても、どうなんだろうね】

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