どこに住んでも

まあ年末年始の福島市はよく雪が降った。大晦日から帰省していた川崎は快晴続きだったのに、新年4日に福島駅に降り立ったらまるで別世界だった。中通りの雪は会津ほどではないというが、いまの福島市街の積雪量はネットの写真で見る限り会津若松市街より多い。

生活に車が欠かせない福島に戻って最初に何をしたかと言えば、雪に埋もれたしんじ君を救出することだ。(久しぶりの言及なのでしんじ君をご存じない方もいると思いますが、愛車の名前です。)年末にも一度救出したのに帰省中に再びカマクラ状態になっていた。この作業にもずいぶん慣れたが、腰をかがめてスコップを使いながらつくづく思う。

これ、年寄りになったらぜったい無理。

前日まで相手をしていた実家の母は、このところますます足腰が弱り、百メートル先のコンビニにも一人では歩いていけなくなっていた。こんな高齢者が一人で雪国に住んでいたら、冬場はどんなことになってしまうのだろう。

もちろん(福島市のような似非雪国ではなく)本当の雪国ならば、幹線道路にはちゃんと行政の除雪車が入り、隣近所で屋根の雪おろしを助け合ったり、それを請け負う業者がいたりするはずだ。けれども、今後過疎化高齢化がさらに進んだら物理的にそういうことも不可能になっていくんだろう。

さて、私はこれからどこに住むべきか。

こころざしを果たして いつの日にか帰らん 山は青きふるさと 水は清きふるさと

調べたら、童謡「ふるさと」の誕生は大正3年(1914年)だそうである。あらためて聞くと、この歌詞は、ふるさとにウサギやコブナの住む山河があることだけでなく、ふるさとにとどまって志を果たすのは不可能だということを前提している。これが国民的唱歌であるのは、多くの人にとってそれがまさに現実だったからだ。

でも西暦2022年の成人120万人のうち、この歌詞に共感できる人は何割いるだろう。

福島市民の憩いの場、珈琲グルメにて。

こころざしを果たすのに、東京に出ていく必要はもうない。おそらく物理的な場所はもはや無関係で、これからはメタバースの中を自由自在に行き来してやりたいことをやれる世の中になっていくのかもしれない。

とはいえ、生身の人間は三次元空間でしか生きていけない以上、どこかに生活の拠点を置く必要がある。私はこころざしを果たしたなどと到底言えないが(そもそも志なんて意識したことなし)、これからどこに住むべきなのか、悩ましい。

ビルは高きふるさと 人は多きふるさと

には正直、帰る気はしないのだが。

昨年も拙いブログにお付き合いいただきありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします。

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