リサイクル考

先日、久しぶりに郡山市のフェスタというショッピングモールに行った。地方都市の郊外には、でっかい敷地にスーパーとホームセンター、百円ショップ、本屋、ファーストフード等々がワンセットになったモールが点在しているが、このフェスタはその中でも特大サイズ。実際、売り場面積では福島県内最大だそうである。

といっても、今回私は福島市から車で50分かけてわざわざ買い物をしに行ったわけではない。ここでしか買ってくれないものがあったからわざわざ売りに行ったのである。向かった先はBOOK OFF。福島市内の近所にも店舗はあるが、今回は本やCDのほかに衣類も売りたかったので調べたところ、最寄りで衣類の引き取りをしているのは郡山フェスタ店のみだったのだ。

もっとも、売るといってもノーブランドの着古し衣料が数着だから二束三文なのは承知である。本だって1冊10円クラスがほとんどだし、分量もわずか。福島〜郡山間のガソリン代を考えたらむしろ足が出るくらいだ。だから、今回のBOOK OFF訪問は、経済合理性よりも専ら「捨てる」ことの罪悪感から逃れるための行動であった。

衣類の断捨離気分になったのは、正月の帰省がきっかけである。実家で父の遺品整理に精を出したところ、男性用スーツをはじめとする衣類については、いまどきAOKIさんやコナカさんが大抵のものは引き取って再生してくれることを知った。勇んでスーツケース一杯の衣料を2回ほど実家近くの両店に持ち込み、店で使えるクーポンと引き換えて大満足。父の着ていた服がゴミにならず、モップでもマットでも自動車の吸音材でも、なんらかの役に立つものに生まれ変わるなら、気分的にはもちろん環境にもいいと思えるではないか。

折しも仕事でサーキュラー・エコノミーの話を聞く機会があった。オランダではジーンズを販売ではなくレンタルするビジネスが成功しているという。なるほど、借り手から返却された使用済みジーンズから新しいジーンズを再生する技術なんて、すばらしい!

父の黒セーターとカシミアマフラーは私が有り難くリユース中。

だが待てよ・・・とも思った。衣類を回収し、繊維まで戻して他のものに作り替える、その過程でどれだけ多くのエネルギー(電力・ガス・燃料等々)が使われるのだろうか?おそらく水も大量に使われるんじゃなかろうか?昨日の新聞には、ユニクロのファストリは「ジーンズの加工工程で水の使用量を最大99%減らす環境対策を進めてきた」と書いてあった。逆に言えばそんなに減らせるほど大量に使っていたということだ。

リサイクルする過程で原材料の節減を上回るエネルギーや水を消費するなら、もったいないなどと言わず、全部まとめてゴミとして燃やしてしまった方がよほど「もったいなくない」はずである。もちろんどのメーカーさんも、その辺のプラスマイナスを計算した上でのリサイクルなのだろうとは思うが・・・

エネルギーや水の節減という意味では当然、リサイクルよりも原型のままリユースされる方がいい。古紙がトイレットペーパーに生まれ変わるより、古本が古本として読まれる方がいい。古着が吸音材やモップに生まれ変わるより、古着のままだれかに着てもらったほうがいい。そういう意味では、そのまま再販するのが前提のBOOK OFFのような店に持ち込むのがベターなのではと思う(売れないものはやはりウエスなどになる運命らしいが)。あるいは途上国向け等の支援物資として寄付するという手もある。実際に父の衣類の一部はそうやって寄付したのだが、これはこれで現地での産業育成の妨げになるという説もあって悩ましい。

でも、そもそも廃棄かリユースかリサイクルか迷うほど不要品が出るのがおかしい、とも言える。幸い服のサイズはこの40年変わってないんだから(ささやかな自慢)、傷む前に飽きちゃう、そんな買い物は慎みましょう。ねぇ、わたし。

Uターンもいろいろ

今日の日経の社説は「息の長い地方分散に取り組もう」。私自身、東京から地方への移住組だし、仕事上も地方創生政策の交付金のおこぼれに与っているので、こういう目線は結構なことだと思う。だが、なんだか大事な点が抜けているように感じた。

今年の正月、実家から福島への帰りはグランクラスでプチ贅沢(もうすぐ軽食提供は終了するそうで私にとっては最初で最後)。

社説によれば、コロナで東京都からの転出が増えたといっても、転出先は周辺3県がほとんど。首都圏の一極集中是正がほど遠い理由は、以前のように地方からたくさん上京してきているからというより、東京圏から人が出て行かないからなのだ。社人研の人口移動調査では、東京圏生まれの人は9割がその後も東京圏に住む。東京圏に住む人は7割が東京圏出身で、若い世代ほど比率が高い。特に両親とも東京圏出身だと地方に住む比率は1%になるそうだ。

私の父は神奈川県川崎市生まれ。母は東京日本橋生まれだから、その娘がこうして福島に移住しているというのは、その1%の希少な部類に入るということだ。では残りの99%が東京圏を出て行かないのは、よく言われるように「地方には仕事がない(と思われている)から」だけなのか?それこそテレワークの推進で、東京の高給を維持したままどこでも働けるとなったら、もっと圏外へ流出してもいいはずだ。でもそうなっていないのは、人は結局、親・親族の問題から離れられないという理由が大きいからではないか?子どもの数が少なく、独身者も多い東京圏はなおさらだと思う。

一度は東京を離れた1%組にしたところで、田舎の親が高齢になり都会の子どもがUターンするのと同様、都会の親が高齢になって「都会へUターン」だって十分あり得る。実際、昨年父を亡くし、高齢の母が一人暮らしとなってみると、いくら甲斐性のある弟が近くにいるとはいえ、近い将来、お気楽独身の自分が帰って世話をすべきなのかと悩む。もともとフリーライター稼業は在宅仕事。ミーティングは基本オンライン、最近は取材もオンラインがさらに増え、本当にどこでも仕事ができるようになった。東京でなくてもいいが、福島でなくてもいいのだ。

もちろん、母の方を福島に呼び寄せる可能性も考えなくはない。福島市内ならそれなりに大きな病院も介護施設もある。ただ、既に一度生死の間をさまよう大病をし、それでなくても皮膚科だ整形だと病院にかかり、認知症の気味もある母の場合、まったく新しい環境でこれまでの病歴を知らない医者にかかるのは、おそらく現実的ではないだろう。そして、いずれ私自身が高齢になって支援が必要になったとき、親族のいる東京圏に戻ることが最も現実的な選択肢になるはずだ(実際そうするかどうかわからないけど)。医療はオンライン診療が解禁されても、身体介助はオンラインでは受けられないのである。

昨年1月初めの両親。この1年の間にいろいろなことが変わった。

こういう点に、日経の社説はまったく触れていない。地方活性化のためには、地方出身者が地方へUターンするだけでなく、「東京圏出身者に地方に目を向けてもらうことが重要」という日経の主張はきっと正しい。が、東京圏出身者にだって「帰らねばならない(あるいは離れられない)東京圏という故郷」があるのだ。

日経の提案は、各地方の大都市(大阪、名古屋、広島、福岡、仙台など)を「東京圏への人口流出に歯止めをかける橋頭保と位置づけて重点支援する」というもので、これは私もその通りだと思う。広井良典さんのいう「多極集中」だ。ただ、そこへ東京圏から人を呼び込もうとしたら、その鍵は日経の言うような「企業の集積」や「大学の研究開発力の底上げ」だけなんだろうか。高齢者や病気持ちでも何の不安もなく暮らせるという医療・介護先進地になることが、結局一番なんじゃなかろうか。そういう場所がいま日本中どこを探しても無いことが、みんな不安なのだから。