変わる

福島駅前にあった県北唯一の老舗デパート、中合(なかごう)が8月末に閉店して3か月余り。大した買い物もしてなかったくせに言うのもなんだが、百貨店というものは無くなってみると意外に不便である。例えばちょっとしたお使い物。手土産のお菓子ならどこでも買えるが、少し気の利いたハンカチやタオルセットなどは意外に見つけるのに苦労する。この度は、父の遺影に供える線香とろうそく(アロマ用のじゃないやつ)を買いたかったのだが、あらためて仏具専門店を探さねばならなかった。【追記:スーパーでも売ってた…】

▲中合デパート@4年前の師走▲

バイト先でそんな話をしていたら、福島市ネイティブの同僚から「昔は中合の他にもデパートいくつかあったんですよ」と教えられた。昔っていつごろか?と思い調べてみると、長崎屋が1999年まで、さくら野が2005年まで営業していたらしい。駅近くに3つもデパートがあったら結構にぎわっていただろう。それが次々倒れていき、最後の中合も今年ついに力尽きた。屋上のロゴ看板も建物外観の意匠も、古き良き昭和の趣のまま、令和までなんとかがんばってきたのにね。

デパートの苦境は新型コロナ云々以前から言われてきたことだ。広く浅く何でも売っている、という業態はもはや時代に合わないということなのだろう。最上階のお好み食堂だって、寿司からカレーからラーメンからスパゲティからお子様ランチまでなんでもあること自体が魅力だったのに、いつの間にか逆に専門化していないことがダサい(この表現も昭和だな)時代になった。

▲在りし日の中合の食堂▲

人間もどうやらそういうことになって久しい。ひとつの会社でいろんな部署を広く浅く経験してジェネラリスト(というかその会社のスペシャリスト)になるよりも、どんな組織でも通用するような自分の専門性を磨いて「ジョブ型」で勝負するのが現代風のようだ。

私自身はたまたま、ジョブディスクリプションがあってそれに対して年棒いくら、という雇用契約形態で長年仕事をしたが、告白すれば、決して自ら計画的にその道を選択したわけではない。大卒時、バブル全盛の売り手市場だったにもかかわらず人並みの就活を放棄し、「安定した」日本企業に新卒で就職せず、のんきにバイトしたり夜間学校に行ったり語学留学などしてしていた私が、結果的に潜り込めたのは外資系企業しかなかった。そして、そこではそういう専門職の道しかなかったのである。

その世界を出て、地方自治体という別世界に入ったのが7年前。広報専門の期間限定応援職員だったから、私自身の意識はそれまでのジョブ型と大して変わらなかったが、正職員の人々はまるで違う。数年でローテーションしていく彼らは、たまたま広報の担当になったからといって広報のプロではないし、そうなることも期待されていない。住民課はもちろん、税務、健康保険、介護福祉、住宅、水道、農政、商工労働、総務、そして選挙のときは選挙事務。行政というものの根幹にかかわる仕事は幅広く、それらをひととおり経験して初めて、一人前の行政パーソンとなり、その町・村のことならなんでも知っているスペシャリストになるわけだ。

私にはそれが「あるべき姿」だと思われた。特に役場と住民との距離が近い小さな基礎自治体では、それこそ住民が求める役場職員だと思うからだ。

だから(って比較に少々無理があるのは承知だが)、一見「なんでも屋」の百貨店にだって、ちゃんと存在理由とニーズはあるんじゃないかしらん・・・【追記:もちろんジョブ型メンバーシップ型は優劣の問題ではなく、それぞれ適する仕事があるということだ。なのに、世の中一律「ジョブ型にしないともう時代遅れ!」的な論調が見られて違和感いっぱい】

このところ福島駅前では再開発が進んでいる。中合跡地にも複合施設ができるそうだ。一足先に完成した小ぶりの商業施設に入っているカフェでお茶をしながら、その向いに完成間近の福島県立医科大学のビル校舎を眺める。街並みは常に変わっていく。新陳代謝は悪いことじゃない。必要な機能さえ残れば。

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