こういう世の中についていく

近所につい先日まで正月飾りが残っている家があって、片付け忘れてるなと思ったが、あらためて「松の内」の期間を調べてみると、1月7日ではなく15日までという地域もあるんだそうだ。おもに関西方面らしいが、考えてみればどこに住んでいようと、いつまでお正月を祝いたいか個々人が決めてもなんら差し支えないわけである。

クリスマスツリーだって、手間かけてきれいに飾ったらもっと長く楽しんでもいいはずだし、ひな飾りだってもっと長く眺めていたければそうすればいいのに、節句を過ぎて片付けないと嫁に行き遅れる、などと刷り込まれるのはどういう文化かw(ちなみに我が家ではちゃんと片付けていたが、娘はこうして行きそびれて今に至る)

ところで、この正月は実家で感慨深いものに出会った。ここ数年、弟の家族が持ってくる人生ゲームをやるのが恒例になってるのだが、その人生ゲームが毎年進化する。去年までは、進化するといっても基本コンセプトは同じで、途中で結婚して子供が生まれたり、家を買ったり、職業を変えたりしながら、ゴールした時点での手持ちの資産額で勝負が決まった。ところが今年の「令和版」は根本から違っていた。

もう、お金というものは人生に介在しないのである。勝ち負けは獲得したフォロワーの数で決まるのだ。盤上をコマが進むのは同じだが、どこに停まっても結婚したり子どもが生まれたり事故にあったり、そういう生身の人間のリアルな体験の類は一切しない。すべてはバーチャル空間でフォロワーが何人増えたとか減ったとか、そういう話なのである。

最初はへー面白いなと思ったが、2ラウンド目が終わるころには、去年までの、おもちゃのドル札だの株券だのを数えて盛りあがっていた「旧式」人生ゲームと比べて、なんというか……つまらないなと感じた。もっともそれは昭和三十年代生まれの感想であって、まだ小学生と中学生の甥っ子たちに言わせれば「令和版のほうが面白い」んだそうである。ふーん。今はこういう世の中なのか。

もうひとつ、実家ではまだ宅配してもらっている新聞を広げて目についた、大晦日の全面広告。(写真が見づらい場合はこちらでどうぞ⇒ https://www.kourakuen.co.jp/news/235

私はもともとコンビニの24時間営業やスーパーの元日営業など不要と考える派なので、その通りだと頷きながら読んだ。幸楽苑スゴイぞ!(ちなみに福島県の会社です)……と、最後の一文。31日14時~1月1日全日、全店休業? 休むのたった1日半なの? それでもこんな全面広告出すほどのインパクトがあるのね? ふーん。今はこういう世の中なのか。

全国的に松の内があけて本格的に2020年が始まった。どんな1年になるのやら。今年こそ、身体だけでなく心を鍛えて「こういう世の中」についていくんだぞ、ワタシ!

ふるさと

正月。老親を家に置き、一人になって駅まで散歩する。この道を歩くのは何百回目か。

国道を渡ればすぐ商業地区だ。いつものとおり、暴力団の事務所や風俗店が並ぶ近道を行く。廃業して久しい角の小さなスナック。陽の当たらない路地の極狭の家々。

駅に近づけば元日から営業している飲食店、パチンコ屋。その裏手に積まれたゴミ袋の山。

消えてゆく店。新しい店。特設売り場。イベント会場。街にたむろする大勢の人々。賑々しく、平和だ。私もしばしその中に混ざって、当てもなくウロウロする。

山も川も海もない。うさぎも小鮒もいない。伝統芸能も郷土料理も、母の味すらない。でも私はここで生まれ育った。血のつながった家族がいるのはここだけだ。ここが私の帰る場所。ここが私の「ふるさと」。

--とりあえず。

郷愁という言葉の意味を、私はいまだに想像することしかできないのだった。

今年も一年、心穏やかに過ごせますように。