月別アーカイブ: 2019年8月

なぜ福島第一は「福島」第一なのか

先月から福島市の観光案内所でパートをしているのだが、先日、外国人旅行者から言われたこと。

「なぜ、福島第一原発は『福島』第一原発というのだ?」

なぜって、そりゃ福島県にあるからですよ。

と言ってみてからハタと気づいた。他の原発を考えてみると、泊原発(北海道)、女川原発(宮城県)、柏崎刈羽原発(新潟県)、浜岡原発(静岡県)、川内原発(鹿児島県)、福井県なんて4つもあるが、第一、第二、第三、第四でなく、敦賀、美浜、大飯、高浜とみんな立地市町村の固有名詞だ。

「福島」と同じく都道府県名を冠しているのは、松江市にある「島根原発」だけのようである。

その旅行者が言いたかったのは、福島という名前が付いていたがために、あの事故の記憶と「風評」は永遠に福島県全体と結びつけられちゃうぜ、ということらしい。

なるほど、そうかもしれない。もしも第一原発が柏崎刈羽式に「双葉大熊原発」、第二が「楢葉富岡原発」とか命名されていたら、カタカナの「フクシマ」は生まれていなかったんだろうか。

なぜそう命名されなかったのか、ちょっとググったくらいでは出てこなかったので、だれか知ってる人がいたら教えてほしい。

なんにしても、新しいことを始めると小さくても新しい発見があるのがよい。ボケ防止には必須である。

(写真は2017年1月に現地で撮った看板)

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夏の夜

ラジオから流れるプロ野球中継

煙草の煙、車の匂い

工場萌えなんて言葉ができるより30年以上も前の京浜工業地帯の夜景

ブルドッグが涎を垂らすビタワンのネオンサイン

もうすぐお家

もうすぐお家

おばあちゃんちの帰り、お墓まいりの帰り

あるいは若い家族旅行の帰り

心地良く疲れた私たちを乗せて車はいつもの首都高を走る

途中で眠くなる・・・と、「ほら、ビタワンだよ」

もうすぐお家

もうすぐお家

このシーンは二度と再現されない、だって父はもうハンドルを握らないしビタワンはもう無いもん

でも私の記憶は夏の夜のプロ野球中継を聞きながら工場萌えの首都高湾岸線を走る

もうすぐお家

もうすぐお家

いまでもお家

いつまでもお家

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(たまにこういう詩(のようなもの)も書いてます)

アラ還は阿羅漢

今月、自動車運転免許の更新をした。なんと、福島県に引っ越してからもう2回目だ。

来た当初はほぼペーパードライバーだったが、こちらでは車なしでは生活できない。この5年半ほぼ毎日ハンドルを握って無事故無違反。ゴールド免許をキープしている。なので講習は30分、更新料は3000円で済んだ。これが、あと15年すれば2時間5100円の高齢者教習が必須になるんだなぁ…(怖)

昔からド近眼なので老眼は遅いと思っていたが、最近はやはり手元の見え方が違う。とりあえず免許の更新には差し支えなくても、5年前には感じていなかった「老化」の現象がこのところ顕著である。やっぱり女は閉経してからが第二の人生なのね…(鬱)

で、四捨五入してアラ還になった記念に、新しい遠近両用メガネを作りに行こうと思い立つ。そのときちょうど着ていたのが某ファストファッションのTワンピ。風呂上がりにカパッと着る部屋着にちょうどいいと思って買ったものだが、いちおう膝は隠れる。目指す眼鏡屋は幹線道路沿いで、どうせ車だし、このまま行ってしまおうかと姿見を覗く。そしたら、そこに映っていたのは紛れもなく「アッパッパを着たおばさん」であった…(愕)

まあ年齢に抗ってもしかたないので、下に黒いスパッツを履いただけで潔くアッパッパのまま出かける。こうやって人生と面の皮は厚みを増していくのだな(笑)

夜には83歳の母親に電話して、産んでくれた礼を言う。本人は娘の誕生日など忘れていたが、「なぁに、75歳まではまだまだ」と人生の先輩らしいお言葉を賜る。

そうか、あと20年、まだまだか。阿羅漢を目指す以外、現世利益的にもう一仕事せよということか。さーて、何しましょ?

(1枚目の写真)自宅から車で20分、土湯峠のロードパーク。この時期、ホーホケキョとカナカナカナが一緒に聞こえる。

(2枚目の写真)先月、広島は宮島で食した名物の「あなごめし」。鰻はダメだがこれはOK。

あぁ、健康保険

今年も健康保険税の支払いが始まった。サラリーマン時代を振り返って何に感謝するかといえば、社会保険の半分を会社が払ってくれていたことだ。で、当時は良くも悪くもすべて給与天引きだったが、フリーの今は健康保険だけは敢えて自動引落としにせず、振込み票を持って毎回コンビニに向かう。

▲本文と無関係ですが、前回投稿した広島旅行より。宮島は千畳閣にて。

私にとっては、消費税よりも社会保険のほうが重税感が強い。保険は相互扶助であり税金とは違うといわれても、加入・非加入の自由は原則なく、所得があれば有無を言わせず課されるのだから税と同じだ。事実、健康保険に関しては保険料とは言わずに保険税という。

消費税は、高額なものを買えば税金も高く、安いもので良ければ税金も安い、という意味においては至極公平な税だと思う。消費の内容によって払う税額をある程度「自分で選べる」とも言える。けれども、健康保険税は自分が享受する保険サービスの多寡とは無関係に負担する税だ。子無しおひとりさまの自分は、少子高齢化を招いた責任の一端をこうして背負わなければならないのだ、などと自分に言い聞かせるしかない。

もっとも、実家に帰ると老いた親が、やれ痛い、やれ痒い、やれ耳が詰まったとかで医者に通い、ただ気持ちいいだけの電気治療を受け、耳掃除をしてもらい、市販のと大して変わらない軟膏や湿布を大量に処方されてくるのを目の当たりにする。私の保険税は回りまわってそういう親の治療費を払っているのだと思えば、帳尻は合っている気にもなる。耳掃除や湿布なら大した額ではないが、事実、もう4年前になるが母が重病で死にそうになったときはずいぶん長いこと病院のお世話になり、それこそ国民健康保険がなかったら大変なことになっていた。(あっても大変だったけど)

▲こちらも広島旅行より。尾道の艮神社。

いま、両親ともに労働収入はない。彼らはひたすら消費するだけ、医療費を使うだけである。私を含む現代日本人がみな骨の髄まで毒されている「生産性」という指標で測るなら、ほぼゼロである。でも私個人にとっては、「おかえり」と言ってくれる存在なだけで有難いのだけれどね。思うように動かなくなってきた身体にいらだち、母は「ああ情けない、もう早く死んぢまいたいよ」などと口走る。これが自分の親でなければ、「ええ、早く逝っていただいた方がこちらも経済的に助かります」と感じるものだろうか。

その両親も先日の参院選ではなんとかかんとか投票に行った。たまたま私が帰省していたので付いていったが、私なら15分で行って帰ってこられる距離を、散歩がてらと言いつつトボトボ1時間かけて往復すれば、二人とももうグッタリである。家からスマホで投票できるようになったら便利だと思うが、彼らはスマホ自体持っていない。

ちなみにどの政党に入れるのか聞いたら、母は「安楽死なんとか」というので笑った。実際はどうしたのか知らないが、まぁこういう一票も少なくないのであろう。

私が彼らの歳になる30年後、日本はどんなことになってるだろうか。決してバラ色には思えないが、いたずらに怖がるだけではどうしようもない。いちばんの自己防衛は何か?それはおそらく、寛容になることなのだ。自分にも周囲にも。

もちろん、言うは易しい。努力するしかない。