月別アーカイブ: 2019年6月

食べ過ぎという幸せ

個人事業主になってから、私の1日の実労働時間はおそらく平均5〜6時間である。勤め人時代よりはずいぶん減ったが、逆に1分1秒たりとも仕事をしない日というのは存外少ない。

▲民家 cafe 婆娑羅

昨日の日曜日は努めて1秒も仕事をしない日にしようと、朝からいつもより念入りに掃除、久しぶりにちゃんとヨガ。そしてランチは同年代の友人Sさんと、福島市内のちょっと素敵なカフェを2軒ハシゴした。

どちらも民家を改装した店だが、市街地からは少し離れていて、こんなところにこんなおしゃれなものが?というロケーションがまた隠れ家っぽくてよい。

福島には、古民家や蔵などをリノベした雰囲気の良いカフェが結構ある。雰囲気の良いカフェだけならそれこそ東京にも山のようにあるが、周りが緑あふれる田園風景といったら東京ではできない贅沢だろう。

▲納屋カフェ椿

癒し系のSさんと同年代ならではの話題でおしゃべりし倒した後、いちど帰宅して再び出発。こんどは市内の安洞院という禅寺が主催の「ベジタリアンミールス食べさせられ放題」というステキなイベントへ向かう。

マサラワーラーという2人組の南インド料理ケータリングユニットによる「食べさせられ放題」は、安洞院では今年4回目だそうだ。私は去年初めて参加したのだが、まさか福島で本格的なベジミールスが食べられるとは!しかもバナナリーフの上で手で食べるなんて!と、いたく感動。今年も絶対参加しようと思っていたのだ。(ただし今年はイドリーがなくてちょっと残念だったが…)

▲福島産野菜のベジタリアンミールス

今年は「ナマステふくしま」と銘打って、食べさせられ以外にもヨガや呼吸法のクラス、講演会、映画上映、物販などが朝から一日中開催されたらしい。この禅寺さんはスゴイのである。

昼間のカフェにしても夜のイベントにしても、人出は多かったが決して混雑感や窮屈さはない。福島のこの「ちょうどよさ」が、やっぱりいいんだなあ。

こうして私の完全休養日は、明らかな食べ過ぎ状態で無事終了した。これを幸せと言わずしてなんと言おう!

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東京・渋谷・わたし

月に一度の2泊3日の帰省。前職の同僚や学生時代の友人らと会い、「お母さん/お父さんはお元気?」が挨拶なのはいつもの通り。「いろいろあるけどおかげさまで何とか」と笑っていられるのも有難いことだ。

今回はスマホの充電器を忘れてきてしまい、電池節約のため都内の電車移動中はスマホをいじるのを止めて車内観察に徹してみた。山手線も京浜東北も前からこんなに動画CM流してたかしら?見回すと乗客の9割方はスマホ画面に釘付けである。当然、車内広告市場は縮小傾向かと思ったが、動く広告ならまだ効果があるということか。

品川から渋谷までの15分、そのCMをまじまじ眺めてみると、時節がら脱毛エステ、防カビ機能付きエアコン、夏バテ対策として?栄養スナック。なるほど。それから不動産担保ローンのCMを何回も見た。ふーん、都心の物件はやはり値上がりしてるのだな。この人の多さを見れば、不動産投資を考えるなら当面はやっぱり東京なのかと思わされる。私のような素人大家にとって、出口を考えたときには猶更だ。

久しぶりの渋谷に着いて、久しぶりの道玄坂に向かう。このスクランブル交差点を渡るのは人生で何百回目だろう。以前は人の波をスイスイと泳げたはずなのに、今では信号が変わる前に行きたい方向の向こう岸に辿り着くのが難しい。

二十代の一時期、道玄坂は百軒店の雑居ビル内のジャズバーに通っていたことがある。10人も入れば一杯の店内。くわえ煙草でカウンターに陣取り、よく味も分からないバーボンロックのグラスをカラカラいわせ、これまたよく分かっていない一つ覚えのジャズの名曲をリクエストする。30年前の自分はそれが格好いいと思っていたのだろう。おそらく私はその店で数々の失態も演じたはずだが、幸か不幸かよく覚えていない(笑)。バーのマスターというのはよほど人間が出来ていないと務まらないものだと、今さらながら思う。

もう少し「大人」になってからも時たま思い出したように立ち寄って、あぁまだあった!マスター変わらないね、なんてやってたものだが、最後に訪れたのはたしかもう7~8年前だ。久しぶりに寄ってみようか。マスターは私が5年半前から福島で暮らしてることを知らない。言ったらびっくりするだろうなあ。

いやいや、さすがにもう店はないだろう。当時のマスターの歳からいっても、まだやってたらその方が驚きだ。だけどもしかして・・・

・・・と何やら甘酸っぱいような気持ちで雑居ビルの奥を覗いたら、やはりもう看板は変わっていた。

そうだよね。

甘酸っぱさを抱えたまま坂を登り、高校時代の同級生がやっているバンドのライブ会場に向かう。地下に降りる狭い階段。薄暗い店内。タバコの匂い。初めての場所だがどことなく、なつかしい。

年齢層高めなお客さんで小さなライブハウスは間もなく満席になった。どこへ行っても空間に余裕のある福島は大好きだが、最近はまた、東京らしいこの窮屈さ加減も悪くないなと感じたりする。「ふるさと」という言葉は東京にはなぜか似合わないけど、「ホーム」という表現ならしっくりくる。おかしなものだ。

私にとって「帰る場所」はどこなんだろう。