大河ドラマで1年を振り返るなんて歳とった証拠なんでしょうけど

昔から時代劇が好きとか大河ドラマファンとかでは全くないのだが、今年の「西郷どん」はほとんど毎回見ていた。おかげで維新前後の歴史に興味が湧いて本は何冊か読んだし、もちろん林真理子の原作も読んだから、西郷隆盛がどういう最期を迎えるのかは知っていた。それでも、1年間毎週見ていたキャラクターが死んでしまうのはやっぱり悲しいものである。

考えたら、大河ドラマをちゃんと見るようになったのは福島県に来てからだ(唯一の例外は1978年の「黄金の日々」で、あれだけはいくつかシーンを覚えている)。2014年1月に東京から二本松市に引っ越して、その年やっていたのは「軍師官兵衛」だった。まだこちらに友人も知り合いもおらず、家の周りは田んぼだったし、週末はさぞ暇だったんだろう。いつの間にか日曜20時はテレビの前に座る習慣になっていた。

▲当時のアパートの隣の田んぼ▲

うって変わって翌2015年は、4月から母が長期入院して毎週末東京に帰っていたからテレビどころではなかった。大河ドラマは「花燃ゆ」だったそうだが、そのタイトルすら全く記憶にない。

次の2016年は、2月に福島駅近にマンションを買い、4月に引っ越した。客間ができて友人の来福も多少は増えたからか、この年の「真田丸」はチラチラしか見ていない。昔アイドルだった草刈正雄がなんだか面白いキャラクターになったんだなーと、感慨深かったのを覚えているくらいだ。

2017年は、ご縁があって復興の手伝いをしていた浪江町が一部避難指示解除となり、そのタイミングで私も宮仕えを完全卒業するという、ある意味記念すべき年だった。書き物の仕事だけでは有り余る時間を使って、やったことない仕事に挑戦すべく農業デビューと先生デビューを達成。そんなで、「おんな城主直虎」をちゃんと見始めたのは農家バイトが一段落した10月末くらいからだったと思う。

▲福島駅前のイルミネーション▲

そして今年2018年、ほぼ毎週日曜に「西郷どん」が見られたのは、プータロー生活in福島がそれなりに落ち着いてきたという証なんだろうか。振り返れば、1年間同じ番組を見続けるという経験は「太陽にほえろ」以来かもしれない。でもあれは一話完結だったからな。ストーリーを追うドラマでこんなに長いのは初めてだ、きっと。

で、なんですかね、この喪失感(笑)。ドラマだから当然演出もあるわけだけど、最後に西郷さんが敵の弾に撃たれるところなんて、それこそ「太陽にほえろ」の殉職シーンを彷彿としてしまったのは私だけでしょうか?w

もっとも、演出はあるにしても、近代国家ニッポンが生まれるためにたくさんの血が流れたことは事実だ。日本人はつい140年前まで、日本人同士で殺し合っていたんである。

その夜、布団に入って寝る前の読書は「ホモ・デウス」。前作の「サピエンス全史」ほどスムースに読めなかったので、2ラウンド目である。7万年前の認知革命以来の歴史から考えるサピエンスの未来はあまりにマクロすぎて、西郷隆盛の50年に満たない人生の追体験を終えたばかりの頭には、ギャップが激しい。が、つい20世紀まで「平和」とは戦争していない状態のことを指していたのだという指摘には、思わずまた西郷どんの、いや鈴木亮平の顔がよみがえってくる。

さて、私の福島6年目となる来年の大河ドラマはどう振り返ることになるんだろうか。なんにしても、平和に感謝して新年を迎えたい。

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