これは、2013年1月に発表されたレポートGlobal Food-Waste Not, Want Notを、発行元である英国のInstitution of Mechanical Engineersの許可を得て和訳したものです。2013年3月に以前のブログでPDFを掲載しましたが、もう一度多くの人に知ってほしいと思い、数回に分けてテキストで掲載しようと考えました。私が食品ロスの問題に関心を持ち、基本的に菜食生活となるきっかけを作ったレポートです。
食料生産・流通にも電力を始めとするエネルギーは欠かせません。原発問題を考える際にもひとつの要素になるかと思われます。
オリジナルの英文レポートはこちら⇒ GLOBAL FOOD WASTE NOT, WANT NOT .
(オリジナル英語版に章番号は付いていませんが、ここでは分割掲載のため便宜的に付加しました。またオリジナル版に掲載されている参考文献一覧は和訳していません)
4.何を変えなければならないか?
増え続ける世界人口、向上する栄養基準、変化する嗜好――この先も食料増産への圧力は高まり続けるだろう。エンジニア、科学者、そして農業従事者は、この増産を可能にする知識も道具もシステムも持ちあわせてはいるものの、その規模や成功の可否は、必要な資源が物理的・経済的に入手できるかどうかにかかっている。しかし実際、これらの資源は失われつつある。
現在、世界の総生産量の30~50%という大量の食料が、農場から消費者に届く間に失われている。上で見てきたように、その主な原因は機械化の不足、農業知識の欠如、管理技術の不良、電気や水道などインフラの未発達、不適切な貯蔵・輸送用施設などである。さらに、見た目の偏重や大量購買を促す今日の商習慣も廃棄の原因となっている。
国の開発段階にかかわりなく、またフードチェーン上のロス発生場所に関係なく、そのロスは単に栄養素の損失を意味するだけでなく、その生産・加工・流通のために使われた土地や水、エネルギーといった資源のロスをも意味する。そう考えると、先進国における大量の食品ロスの問題は一層持続不可能なものとなる。そうした国で気軽に捨てられてしまう食べ物には、地球をほぼ1周して運ばれてきたものも多いからだ。
この食品ロスの削減のためには、生産・出荷・貯蔵の全過程で、また生産者から家庭まで全段階で改革が必要だ。具体的にどんな施策が有効かは、その国の開発段階によっても異なるが、政府、技術者、そして一般大衆に行動を促すためのキーポイントはいくつかある。
まず欧米のような先進国においては、技術革新やエンジニアリングの進歩とともに既存のインフラを更新し、輸送への接続を改善する必要がある。最近の例では、シッピングコンテナで輸送される穀物量が増えたことで、道路や鉄道、海上輸送設備の効率的な利用が可能になっている。こうした改善とともに、その新設備や新メソッドを最大限に活用するための教育、訓練、管理システムの導入も大切である。ほかにもあらゆる機会をとらえて廃棄削減に努力しなければならない。
しかし、先進国において最も指摘されるべき問題は、現在の市場条件下では多くの主食料が低コスト商品とみなされ、その廃棄についてしかるべき注意がほとんど払われないという点だ。たとえば、世界の穀物価格は、2008~2010年に需給バランスが逆転するまで、長年にわたりほとんど上昇しなかった。その間の物価上昇を考慮すれば、事実上値下がりしていたことになる。その結果、廃棄によるロスを削減しようという動機が生まれず、経済的恩恵もほとんどなかった。しかし、将来の市場環境を予測すると、廃棄ロスのコントロールは経済的にも政治的にも多大な恩恵をもたらすと考えられることから、食品ロス削減の努力はさらに推奨されるべきである。
この先食料の価値が上昇するにつれ、現在のように、品質的に全く問題のない野菜や果物を純粋に見た目だけで大量廃棄するような慣行は、経済的に成立しなくなるかもしれない。しかし政府は、食料価格の上昇でやむなくロスが減るのを待つのではなく、もっと積極的に消費者の考え方を変え、小売業者にそのような慣行をやめさせる政策を実行すべきだ。そのためには、現在深く浸透している商慣習や消費者文化を変え、食べものを大切にする考え方を卸売・小売から一般家庭まで、根付かせなければならない。最終的には、食品価格の上昇によってこうした機運は自動的に高まり、また政府の施策でさらに促進されていくだろう。
現在急速な発展の途上にある国々は、インフラの改善を強力に推進している。その第一の目的は市場へのアクセス改善だが、これは同時に廃棄の削減につながる可能性も秘めている。たとえばブラジルでは、長距離道路を整備することで内陸部の農家が港まで産物を輸送できるようになった。チリでも交通・港湾施設の改善により、同国の果物やワインの海外市場への輸出が飛躍的に増えた。旧ソ連諸国でも農産物貯蔵施設の品質向上策が実行されている。中国ではインフラの機械化が急速に進んだ結果、リンゴやにんにくなどいろいろな産物の輸出が可能になった。こうした物理的なインフラの改善を支えるのは、教育、訓練、マネジメントシステムである。それはエンジニアリング知識の向上だけでなく、先進国の犯した間違いを繰り返さないためにも、またオペレーションの効果を最大限に維持するためにも不可欠である。
開発が遅れている国々、特にサハラ以南のアフリカや東南アジアで注力すべきは収穫、出荷、貯蔵、輸送までのインフラ整備である。こうした設備の開発は現地の技術レベルにあわせて行われる必要があるが、このことは開発の初期段階で弾力性と持続性を確立しておくためには不可欠だ。気候変動など環境リスクが高まる今日では、それは決定的に重要である。インフラの改善とは、道路整備や電気・飲料水の安定供給だけでなく、虫を寄せつけにくい保存用袋といった簡単な物品や、サイロやタンクなど適切なサイズの貯蔵施設の普及なども含まれる。太陽光や風力による発電技術が進めば、遠隔地でも冷蔵設備が普及する可能性があるが、一次産品のための小規模冷蔵システムはコスト面での課題が大きい。なにより、こうしたシステムへの投資および運用コストは、扱う農産物の価値に見合ったものでなければならない。
しかし、新興国・開発途上国におけるもっと根本的な課題は、生産者がその生産物の特徴を知り、産物ごとの最善の取り扱い方法を周知するための知識移転が必要ということだ。政府はことの重大性と緊急性を認識し、特に収穫後の取り扱いに関するベストプラクティスを周知する教育訓練プログラムを導入すべきである。非常に傷みやすい農産物の場合には、こうしたアドバイスとはつまり、どうしたら最も早く、最もよい状態で市場に届けられるかという点に尽きるだろう。なるべく多くの農産物を販売可能な状態で市場に届けることを目的とした技術教育においては、マネジメント知識の移転も重要である。ここで政治家や議員の果たす役割は大きい。彼らは、衛生・検疫制度上のニーズと、自由貿易推進とのバランスをとることができるはずだ。現状では、紛争中の国境を越える際に傷みやすい農産物が大量に廃棄されている。
さらに、こうしたシステムの開発には巨額の投資と革新的な金融手法が要求されよう。したがって金融機関の果たす役割も重要である。必要な投資規模を示す例をあげると、エチオピアで検討されている農産物貯蔵施設の全国ネットワークの整備計画には、最低でも10億ドルかかると見積もられている。このような規模の投資が今後多くの国のさまざまな産物に関して必要となるが、そのためには各方面の密接な連携が不可欠である。しかし、いまの開発援助機関の活動を見ると、協力や連携が行われているとは言いがたい。たとえばウガンダの穀物倉庫システムの建設に関して、EUと国連とIFCが、互いの連絡もなくそれぞれ独自に動いているという現状は、ぜひとも変えなければならない。
改革が必要な分野は広範囲にわたるが、上記のような変革はそれらを網羅すると同時に、同じくらい幅広いスキルの展開も要求している。作付けから最終消費に至る食料生産の全段階において、農作業用機械、道路、鉄道、発電、流通、飲料水供給、暖房、換気、廃棄物処理、貯蔵施設まであらゆるインフラの拡大と改良、そのための設備・装置の開発・維持に、様々な分野の研究者、エンジニア、技術者の力が必要となるだろう。エレクトロニクス、システム、IT分野のエンジニアは、高効率・低コストの環境制御の実現において、また機械・土木エンジニアは構造物や輸送・出荷システムの改良などにおいて、それぞれ力を発揮すると考えられる。制度に回復力と持続性を組み込むためには、大規模な変革とシステム的発想が不可欠であり、それには複数の分野を横断した連携協力が重要となる。
昔、それぞれの家庭では、生鮮食料も保存食料も含めてみな自家用の備蓄を行っていた。しかし先進国においてこの役割は、産業化されたフードチェーンに肩代わりされた。開発途上国や新興国でも、先進国のやり方を導入するにつれ同様のことが起きつつある。こうして、世界中の人の大部分が、食料供給の仕組みに関与することがなくなり、食べ物に関する知識を失い、サプライチェーンの末端におけるただの消費者になってしまった。これが、食べ物の源とその価値についてほとんど理解されない今日の文化を生み出している。使う資源も環境リスクも最小化しながら増え続ける人口を養っていくために、食品ロスをゼロに近づけようとするなら、この「つながりの断絶」こそ正す必要がある。実際、生産量の3分の1から半分が廃棄されている現状では、いくら増産をがんばったところでほとんど意味がない。将来の世代が食べていけるよう、いまこそバランスを是正し、食べ物の価値を認識し、食品ロス削減に向けて努力すべきときである。
提言
将来の食料危機回避の一助として、当協会は下記の提言を行う。
1. 国連食糧農業機関(FAO)が、国際社会のエンジニアらと協力し、先進国から開発途上国へのエンジニアリング知識や設計ノウハウ、必要な技術の移転を促すプログラムを導入すること。これにより、収穫時および収穫直後の農産物の取り扱い環境が改善される。
2. 開発途上国の政府は、現在計画・設計・建造中の交通インフラや貯蔵施設に関して、無駄を最小化する考え方を導入すること。
3. 先進国政府は、消費者の考え方を変える政策を導入すること。これにより、小売業者が見た目で食品を選別するような無駄を生む慣習をやめさせ、また買いすぎによる家庭での食品ロスの削減につなげる。
(了)
和訳©中川雅美
世界の食糧事情~「もったいない」の実践を(1)増え続ける世界人口を養うために
世界の食糧事情~「もったいない」の実践を(2)食糧生産に必要な資源
世界の食糧事情~「もったいない」の実践を(3)いま持てるものを無駄にしている私たち